経済は歴史的転換点か?500年超長期チャートが示す未来

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 リーマンショックをきっかけに米国型資本主義の終焉に関する議論が活発になっている。だがその多くは米国の振る舞いに対する反発をベースにした情緒的なものであり、大局的な見地に立ったものは少ない。現代の資本主義システムはそろそろ限界に来ているのではないかという疑問は多く人に共有されているものの、満足のいく答えは得られていないのだ。
 この壮大な知的テーマに対するひとつの「解」を提供しているのがジョヴァンニ・アリギの「長い20世紀」である。本書は資本主義システムの歴史的展開について16世紀にまで遡って論じたものである。原書の初版は1994年だが、リーマンショックの半年後という絶妙な時期に日本語版が発売されている。
 本書では、歴史には長期的な資本蓄積サイクルが存在するとしており、イタリア(ジェノバ)からスタートし、オランダ、英国と続き、現在は米国サイクルの最終局面であると論じている。
 過去500年にわたる金利や物価、資産価格の推移といったマーケット・データが、本書で定義されるサイクルとどのような相関が見られるのか実際に検証してみた。

資本主義の歴史的な4つのサイクル
 この手の文明論的な書籍の場合、その内容の是非について検証することはそもそも不可能である。むしろ、どのような思想をバックグラウンドに論旨を展開しているのかを探りながら、論旨の展開そのものを楽しむという読み方が正解だろう。
 本書の背景にある思想はマルクス主義(妖怪は死なない)である。貨幣経済における循環を表すマルクスのM-C-M定式を、資本主義システム全体の歴史的発展に応用し、ヘゲモニー(覇権)の移り変わりと絡めて議論している。ちょっとムリがあるような気もするが、そこはご愛嬌。導き出された結論は異なるものの、ヘーゲルの弁証法に絡めて資本主義の歴史とその終焉を論じたフランシス・フクヤマの「歴史の終わり」と同じように読書を楽しめばよい。
 
 それはともかくとして、本書における資本主義の各サイクル内では、まず資本は生産拡大に投入され、その後、生産拡大が限界に来ると次に金融拡大局面へと進み、最後はそれも限界に来て、再編が行われてまた最初の生産拡大に戻る。
 歴史的は4つのサイクルが存在し、どのサイクルも1世紀以上続いている。また新しいサイクルほどその期間が短くなっているのが特徴である(図1)。

 最初のサイクルはイタリア(ジェノバ)である。中世のイタリアでは多くの都市国家が出没し、商業が活発化して資本の蓄積が進んだ。だが地理上の発見によって大西洋とインド洋の貿易が台頭してくると地中海に依存していたイタリアは衰退をはじめる。
 次に勃興したのはオランダであった。アムステルダムでは世界初の本格的な証券取引所が設立され、高度な金融技術が進歩した。
 オランダの発展をベースに覇権を奪ったのは英国である。英国は産業革命を成し遂げ、世界の工場となった。主要な海の制海権を確保した英国はグローバルな金融システムを整備し、現代の金融システムの基礎を作った。これを踏み台に、現在まで続く覇権を握ったのはもちろん米国である。

サイクル最終局面では金利が急上昇する
 一般に、資本蓄積が過剰に進みマネーが余ってしまうと、貨幣需要が減少して金利が低下する。生産が拡大しているうちはよいが、生産拡大も限界になるとマネーは新たな投資先を求めてさまようことになる(金融の拡大)。各サイクルの終末期は金融拡大局面の限界点であるため、著しい金利の低下が起こりやすい。
 図2は過去500年にわたる長期金利の動向を示したものである。本書で定義された各サイクルと当該国における長期金利をグラフ化した。


 各サイクルがスタートすると、徐々に金利の低下が起こり、最終局面ではかなりの低金利になっていることが確認できる。金利低下(投資収益の低下)が極限まで進むと、その枠組みは維持できなくなって一旦リセットとなる。再構築された新しい枠組みでは旺盛な資金需要があるため、金利は一気に上昇することになる。
 イタリアからオランダに経済覇権が移ると、金利は1%台から6%台に急騰している。オランダから英国、英国から米国へシフトする際にも、同様に金利が高騰した。

1980年代の金利急騰はダマシなのか?
 この中で位置付けがはっきりしない唯一の現象が、1980年前後の驚異的な金利上昇である。現実的な話としては、もともとインフレによって金利が上昇していたところに、米国のボルカーFRB議長が、インフレ退治を目的として強烈な金融引き締めを実施したことが直接的な引き金といわれている。
 だがこの金利急騰が、次のサイクルの始まりを表しているのか、サイクル途中のちょっとした乱気流なのかは、判断に迷うところである。本書では80年代以降の日本経済の台頭を軸に、米国サイクルの終了を匂わせている。だが本書の期待とは裏腹に、その後の日本は20年にも及ぶ長期不況に突入し、米国は逆に復活した。
 2008年のリーマンショックによって全世界的な信用収縮が発生し、相次ぐ緩和策でマネーの総量が増大している。だがそれに見合うだけの需要はなく、異常な低金利が続いている。本当の危機が起こるのはこれからで、新しいサイクルが姿を見せるのは、その先なのかもしれない。

イギリスが新興国だった時代
 各サイクルの移り変わりと金利の動きは理解できても、その中で、物価や資産価格がどのように変動するのが分からないと投資の参考にはならない。図3は1650年以降の英国における、金利、物価、株価の推移である。
 1650年から1750年までの100年間は、欧州では「17世紀の危機」と呼ばれている。気候が寒冷化したことで農作物の生産性が低下し食料危機が発生。疫病が多発し、戦争が繰り返されたことで、経済はすっかり冷え込んでしまったのである。英国でもピューリタン革命が起こり、社会は不安定であったといわれている。


 英国の物価はこの100年間、短期間の部分的な上昇が見られるものの、ほぼ一貫して下落を続けていることが分かる。金利もほぼその動きに連動している。
 だが株式市場は思いのほか堅調である。バブル経済の語源にもなった南海泡沫事件(株式ブームを背景に、実態のない会社の株が異常に高騰した)も発生している。

 実はこの時代はオランダ・サイクルの真っ只中である。17世紀の危機と呼ばれた時代にあってオランダは例外で、経済的な繁栄を享受していたといわれる。英国はオランダを追いかける新興国であり、オランダ製の工業製品のコピー商品(バッタもの)を大量に生産していた。足元では産業革命がはじまりつつあり、歴史の世界で語られるほど英国の状況は悪くなかったのかもしれない。豊かになった市民階級の台頭がなければ、南海泡沫事件のような株式バブルは起きにくいからである。

1873年の大不況は現在とよく似ている?
 産業革命期に入ると、物価、金利、株価とも上昇している。旺盛な設備投資需要があり、経済は順調に成長した。この頃を境に、世界の経済覇権はオランダから英国に移っている。産業革命期の末期には、全英で鉄道株ブームが発生する。資本家ばかりでなく主婦や労働者までこぞって鉄道株を購入した。

 その後英国は、ビクトリア時代と呼ばれる絶頂期を経て、1873年から大不況に突入する。
 この時代は現代社会とよく似ているといわれる。人々は豊かになったため、かつてほどモノに対するニーズがなくなり、工業製品のコモディティ化が進んだ。新興国の台頭で生産が過剰となり物価が下落してデフレ状態が続いた。人々が保有する豊富なマネーは行き場を失い、金融商品や新興市場(当時は戦争で獲得した植民地)へ殺到している。

 デフレ脱却のきっかけはマネタリーなものであった。1800年代後半にカナダやアラスカ、南アメリカにゴールドラッシュが起こり、金が大幅に増産された。これによってベースマネーが増加しインフレへと転じた(今でいう緩和政策)。この時代から第二次大戦開戦までが英国サイクルの最終局面であった。
 この時期の株式市場は鉄道バブル崩壊による下落はあったものの、総じて堅調な動きとなっている。実体経済が不調であるにも関わらず、比較的株価が堅調な現在の米国にも通じる動きである。

日本にとってのラストチャンス?
 もし現在の不況が1873年と同じタイプのものであるならば、各国で行われている金融緩和競争はインフレへの転換と金利上昇をもたらす可能性がある。そうであれば、米国から次の覇権国へのシフトはもう少し先のことになるかもしれない。
 だが歴史が示している通り、覇権を失っても、新しい覇権国家に追随してその後も経済成長を続けることは可能である。イギリスに敗れたオランダは現在でも豊かな経済大国であるし、米国に敗れた英国も同様である。
 1980年代とは異なり、日本が次の覇権国になる可能性はほぼゼロになった。日本は次ぎの覇権国家に追随して経済成長を実現するほかない。やがて訪れる大きなパワーシフトは、日本にとって成長を実現する最後のチャンスなのだ。

【参考記事】
  ・ハイテク・バブルの歴史(第1回)-1800年代英国の鉄道株バブル
  ・130年間の超長期株価チャートから分かること
  ・100年投資-超長期株価トレンドの転換点を見極める方法

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