太平洋戦争当時、株価はどう動いたのか?

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 太平洋戦争以降、日本では自らが当事者となる戦争を経験していない。このため、戦争が起こった時に経済や株価がどのような動きをするのかについてほとんど情報がない。
 国際社会の枠組みは大きく変化しており、日本が戦争に巻き込まれるリスクは増大している。万が一、戦争が発生した場合、どのように行動すればよいのか、投資家は今のうちから考えておく必要がある。また、資本主義システムや自由競争メカニズムに対する政治的圧力が世界的に高まっており、経済統制が強化されるリスクも無視できない。
 歴史上もっとも大規模な戦争であった太平洋戦争当時の株価を振り返ることで、戦争の遂行や統制経済といった非常事態に直面した際、市場はどのような反応をするのかについて有益な情報を得ることができるだろう。 

意外にも堅調だった太平洋戦当時の株価
 明治以降、日本では自国が当事者になった戦争を3度経験している。日清戦争、日露戦争、太平洋戦争(日中戦争)である。
 戦前は市場のコンセンサスとして「戦争は買い」というものがあった。実際、日清戦争、日露戦争の際には、戦争に勝利したことや、日本経済が発展途上で未熟だったこともあり、株価はバブルともいえる高騰を見せた。また日本とは直接関係がなかった第一次世界大戦では日本は好景気に沸き、株価は絶好調であった。

 一方、太平洋戦争(日中戦争を含む)では総力戦となったため、日本経済は10年にもわたる長期の戦時統制下に置かれた。この結果、経済は疲弊し戦災によって産業は大きな打撃を受けた。
 太平洋戦争中の株価は、政府の強引な経済統制によって意外にも堅調に推移している。だが国債の日銀引き受けによるムリな戦費調達から猛烈なインフレが起こっており、実質ベースでの株式パフォーマンスは大幅なマイナスであった。

 では太平洋戦争の期間中、株価は具体的にどのように推移したのだろうか?図1は、日中戦争直前の1936年から終戦となる1945年までの株価指数の推移である。


 先にも触れたように、全体的に見ると戦争期間を通じて株価は堅調な動きを見せている(ただしニュースによる乱高下は見られる)。だが先にも触れたように、株価が堅調だった背景には、国家総動員法に基づく政府による市場介入が存在していた。また、無理な戦費調達に伴う財政インフレが激しく、実質的なパフォーマンスはマイナスであった。このあたりの事情は後述するとして、まずは、名目上の株価推移について考察してみよう。

マーケットの評価はおおむね正しい
 戦争期間中を通じて、株価が大きく下落した時期が5ヶ所ある。逆に大きく上昇した時期は2ヶ所である。これらをまとめると図2のようになる。


 株価が下落した時期の多くは、現在ではネガティブに捉えられている出来事が発生した時期と一致している。
 泥沼の日中戦争のきっかけとなった盧溝橋事件、交渉のルートを閉ざしてしまった近衛声明、米国との全面戦争のきっかけとなった三国同盟や仏印進駐、戦争期間中を通じた最大の失策ともいえるインパール作戦など、現在となっては失敗と認識されている事態に株価はかなりネガティブに反応している。

 注意しなければならないのは、当時は報道管制が敷かれており、これらのニュースは事実関係や解釈が歪曲されて伝わっている可能性があるということだ。当時の新聞を見ると三国同盟などは賞賛記事のオンパレードである。だがマスコミの論調とは裏腹に市場は冷静に事態を把握していたということになる。

 一方、「戦争は買い」という市場コンセンサスが影響しているのか、第二次大戦の勃発や日米開戦など、純粋な戦争のニュースには素直にポジティブな反応となっている。
 もっとも、ミッドウェー海戦やガダルカナル撤退など、致命的な事態の後も株価は上昇を続けている。これは、情報統制によってニュース自体が公表されておらず、市場には織り込まれなかったものと考えられる。
 だが戦局が悪化するにつれて悪いニュースも広がるようになり、インパール作戦が行われる頃には、多くの情報が隠れて出回っていた可能性が高い。
 太平洋戦争の株価推移は、市場の評価がおおむね正確であることをあらためて示しているといえよう。

無理な戦費調達がもたらした深刻なインフレ
 上記の通り、戦争期間中を通じて株価は思いのほか堅調に推移していた。しかし、当時の日本経済は政府の無理な戦費調達によって深刻なインフレに直面していた。株価は上昇しても実質的なパフォーマンスはマイナスだったのである。

 日中戦争および太平洋戦争の戦費総額(名目値)は開戦当初の国家予算(一般会計)の100倍を超えている。戦費調達に伴う国内インフレと、占領地域に設立した国策金融機関の際限のない通貨発行によって、みかけ上の金額が異常に増大した。実質はもっと少ない金額になると考えられるが、巨額であることに変わりはない(参考記事「戦争と経済の真実-戦争にはどのくらいの経費がかかるのか?」を参照)。

 日清戦争や日露戦争が国家予算の10倍以内、GNPの半分程度の規模で戦われたことを考えると、太平洋戦争の規模は突出しており、インフレの発生は必至であった。
 図3は、戦争期間中の株価推移について物価水準と比較したチャートである。戦争期間を通じて小売物価指数は約3倍になっていることが分かる。


 戦局が必ずしも悪くはなかった太平洋戦争の前半までは、なんとかインフレに追いついているが、敗色が濃厚となってきた1944年以降はインフレの進行がすさまじく、実質的なパフォーマンスは大幅なマイナスである。
 この悪性インフレは戦後に一気に顕在化することになる。終戦直後の混乱が一段落すると、その後日本は猛烈なハイパーインフレに襲われた。ドッジラインによる強烈な金融引き締めでインフレは収束したが、復興から立ち直りつつあった日本経済は壊滅的な打撃を受けた。

 太平洋戦争の株価推移から得られる教訓は2つ。ひとつは、市場の評価はおおむね正しいということ、戦争は必ずしも株価にマイナスとはならないが、戦費の調達が財政を圧迫してインフレになると株式の実質パフォーマンスは低下すること、の2点である。

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