量的緩和の行き着く先

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 前原経済財政担当相は、2012年10月5日に開催された日銀の金融政策決定会合に閣僚として出席した。政府要人が同会合に出席するのは2003年4月の竹中平蔵経財相(当時)以来9年ぶりとなる。

 金融緩和に消極的な日銀に対して、政府側がしびれを切らした格好だ。今回の会合では、現行の金融政策が維持されたものの、前原経財相は今後も継続して出席する意向を示している。次回以降の会合に向けて日銀包囲網がさらに強まる可能性が高くなってきた。

 緩和策の拡大については、政治的なコンセンサスがほぼ形成されつつある。日銀は政治的圧力に押される形で、渋々緩和策を拡大していくことになるだろう。だがその結果は、目標としていたデフレ脱却ではなく、日銀によるマネタイゼーションという形で終わる可能性が高い。日銀と市場あるいは日銀と政治には埋めがたいギャップが存在しているからだ。

日本の金融政策はガラパゴス
 もともと中央銀行の役割は「物価の安定」であり、物価を特定の水準に誘導することではない。ましてやGDPや失業率をコントールすることは、中央銀行の役割の範囲外であった。
 だがリーマンショック以降、状況が大きく変化した。先鞭を付けたのは米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長である。

 リーマンショック発生直後は、金融パニックが想定されたため、FRBは従来のセオリー通り大量の資金供給を行った。それは十分に効果を発揮し金融パニックは回避された。
 本来であれば、金融政策の出番は終了となり財政政策で景気浮揚を行うところである。だが、財政が逼迫しているため、かつてのようなケインズ政策を実施することが難しい。FRBは従来の中央銀行の枠組みを超え、金融政策によって経済成長を実現しようと動き始めた。

 一連の緩和策(QE)に引き続いて2012年9月13日に発表されたQE3では、失業率を改善させるため、住宅ローン担保証券(MBS)の無制限購入に踏み切った。これは従来の中央銀行が経験したことのない前人未踏の領域である。バーナンキ議長は、世界経済をモルモットにした壮大な実証実験を開始したのである。

 FRBが未知の領域に足を踏み入れたことで、伝統的な金融政策の枠組みを基本とする日銀は、完全にガラパゴス状態に置かれてしまった。

FRBが導入したのは「失業率ターゲット」
 ではFRBはどのようなメカニズムで経済成長を実現しようとしているのだろうか?
 教科書的に言えば、マネーの供給量を単純に増やしても経済成長することはない。世の中のマネーの総量が2倍になれば、単純にモノの値段が2倍になるだけである。

 だが人間には心理があり、合理的に行動しようとする。モノの値段が上がりそうだという見込みがあれば、現金を保有したくないので、積極的にモノを買ったり、株式や不動産に投資するようになる。その結果、物価の上昇以上に経済活動が活発になり、実質GDPのプラス成長が実現するということになる。

 今回QE3においてMBSを無制限購入するのは、多くの米国人にとって住宅は最大の資産だからである。住宅価格が上昇すれば、その分資産が増大して消費余力が増える(資産効果と呼ぶ)。これが経済成長の原動力となり、やがて雇用の創出に結びつくというメカニズムである。

 モノの値段をちょうどよい水準で上昇させ続けることができれば、安定的な経済成長を実現できる。それがインフレターゲットである。バーナンキ議長は数字を明言してはいなかったが、リーマンショック以降、FRBは事実上のインフレターゲット政策を行ってきた。QE3ではさらに踏み込んで、「失業率ターゲット」の領域まで突入したのである。

マネーから見た日本経済は20年間一貫して停滞したまま
 量的緩和が経済成長につながるメカニズムはシンプルだが、うまくいくという保証はない。マネーの供給が効果的な消費に結びつかず、下手をするとスタグフレーション(マイナス成長下でのインフレ)や悪性インフレを招くリスクもある。

 FRBがこれほどまでに思い切った政策を実施できるのは、米国経済のファンダメンタルズ(基礎的要件)に自信があるからだ。図1は貨幣の流通速度(名目GDPをマネーストックで割ったもの)の変化を示したグラフ(2003年時点を基準とした相対値)である。

 成熟国家では一般に貨幣の流通速度が下降トレンドを描くとされている。だが米国の場合には、全体的な下降トレンドの中にあっても2004年から2007年の景気上昇局面ではGDPの成長に合わせて流通速度が上昇している。リーマンショック直後は大きく落ち込んだものの、その後2009年から2011年にかけて再び上昇トレンドが確認されている。

 これに対して日本はバブル崩壊以降、一貫して下降トレンドが続いている。製造業における空前の輸出ブームに沸いた2004年から2007年までの成長局面においてさえ、貨幣の流通速度は下がる一方だったのである。


 このことは米国経済がまだ柔軟性を失っておらず、成長余地が残っていることを示している。というよりも、社会全体が機能不全に陥った日本のようになることだけは何としても避けようと、打てる手はすべて打っているというのが現実の姿かもしれない。

企業マインドが復活しない限り経済成長はない
 ひるがえって日本はどうだろうか。貨幣の流通速度の低下が避けられないとすると、マネーの供給量を増大させてもその効果は流通速度の低下で相殺されてしまう。結果として物価の下落に歯止めがかからない状態が続く。マネーの供給を物価の上昇に結び付けるには、流通速度も併せて上昇させることが重要である。

 では貨幣の流通速度は何で決まるのだろうか?それは市場参加者あるいは企業経営者のマインドである。白川総裁は実はこの点について、会見で何度も繰り返し言及している(参考記事「日銀原理主義の由来」を参照)。

 日銀としては「民間のマインドが盛り上がらない限り、何をしてもムダ」というのがホンネなのだろう。したがって、量的緩和策は日銀にとってみれば、インフレリスクだけを伴う政策であり、百害あって一利なしということになる。貨幣は長期的に見れば経済に対して中立であるという貨幣推量説もその判断を後押ししているのかもしれない。

 実際、日銀が供給するマネーは、物価の上昇を伴わず銀行に蓄積され、結果として大量の国債購入につぎ込まれている。今後、政治的圧力に抗し切れず、さらなる量的緩和に踏み切った場合、その資金が国債に向かうことはほぼ確実である。その結果がもたらすものは、間接的であれ、日銀によるマネタイゼーションそのものである。しかも日銀に量的緩和を求める人たちは、おそらくそのことを認識していないだろう。物事は最悪の方向に進んでいるのかもしれないのだ。

日銀は悪くないのか?
 では日銀は何も悪くないのだろうか?そうではあるまい。日銀にとって最大の矛盾は、市場マインドが盛り上がらない原因の一部を日銀自身も作り出していることにある。

 日本経済が制度疲労を起こしていることは誰の目にも明らかである。そしてその原因は、規制と既得権益に縛られ、硬直化した官僚主導型社会システムにあるということも、ほぼコンセンサスが得られている。

 他の巨大な官僚組織に比べれば、日銀が持つ利権など大したことはないかもしれない。だがほとんどの天下りポストを失った財務省を尻目に、日銀は民間会社に堂々と天下りポストを要求し続けている数少ない官僚組織であるのも事実だ。

 日銀が終身雇用を含むすべての利権を放棄し、外部からの人材登用を積極的に行えば、金融市場の雰囲気もがらっと変わるはずである。その時には、日銀がかねてから望んでいた金融政策の効果も十分に期待できるかもしれない。だが残念なことに、その日がやってくる可能性はかなり低いだろう。

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