130年間の超長期株価チャートから分かること

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 長期的視点に立って投資を行う最大のメリットは、日々の株価変動に一喜一憂する必要がないことである。しかしこのことは、長期投資が安全であることを意味するわけではない。日々の株価変動はパフォーマンスに影響しない代わりに、長期トレンドを見誤ってしまった場合には、その損失を取り返すことは極めて困難となる。
 また、100年単位の期間ともなると、戦争や災害など、インパクトが極めて大きい事象に遭遇する可能性も高くなってくる。長期投資を行う投資家にとって、歴史的視点に立って長期トレンドを予測することは極めて重要な作業といえる。本誌が独自に収集した過去130年間の株価指数のデータをもとに、日本株の超長期動向について分析した。

130年間の日本株のパフォーマンスは6.7%

 図1は、日本株の過去130年間の推移を示したチャートである。このチャートは日経平均株価を基準に、日経平均株価が存在していなかった戦前期について複数の株価指数を組み合わせて連続性を持たせ、これを対数表記したものだ。明治期については、株価指数が存在しておらず、東京株式取引所の株価が事実上の株価指数となっていたため、本チャートでもそれにならっている。

 過去130年間における日本株の平均パフォーマンスは約6.7%と極めて良好だ。しかし、超長期チャートを眺めてみると、明治以降現在まで、戦争、恐慌、インフレ、資源危機、バブル、長期不況、災害など、株式市場に極めて大きなインパクトを与える出来事が、20年に1回程度の頻度で絶え間なく起こっていることがわかる。

 後述するが、株式市場には長期的なトレンドがいくつか形成されており、このトレンドを見誤ってしまうと、平均的パフォーマンスがいかに良好でも、致命的な機会損失やキャピタルロスを抱えてしまうことにもなりかねない。
 長期投資を成功させるためには、こういった歴史的な出来事を乗り越え、長期的なトレンドをプラスに生かすための綿密な戦略が必要となる。

6つの時代区分と形成される超長期トレンド

 過去130年にわたる株価指数の動きは、以下に示す6つの大きな時代区分に分けて考えることができる。それぞれが大きな超長期トレンドを形成している。
 A 日本経済黎明期-明治(1880年~1920年 約40年間)
 B 長期低迷期-昭和(1920年~1945年 約25年間)
 C 戦後高度成長期(1945年~1960年 約15年間)
 D 停滞期(1960年~1975年 約15年間)
 E バブル経済期(1975年~1990年 約20年間)
 F 長期低迷期-平成(1990年~現在 約20年間)

図2は図1のチャートについて、上記の時代区分を反映させたものである。


☆日本経済黎明期-明治
 1880年から1920年までの40年間について、本稿では日本経済黎明期としている。1878年(明治11年)東京株式取引所が設立され、自身の株式の売買がスタートしたことで、日本における本格的な市場経済がスタートした。
 明治期には、日清戦争、日露戦争という二つの大きな戦争を経験している。この間、日清戦争の賠償金によって金本位制(実際には金ポンド本位制)を確立することが可能となり、現在の金融システムの基礎が整備された。

 この時期の日本は、現代における新興国の位置付けであり、低付加価値の工業製品(綿製品)を大量に生産し、資本を充実させていった。株価は新興市場らしくボラティリティが高く、日清戦争と日露戦争のときにはバブル的な高騰を見せた。だが、長期的に見ると堅調に推移したといってよい。
 大正時代に入ると、資本の蓄積が進み、国民生活がかなり充実してくる。第一次世界大戦によって日本の輸出が急増したことで、日本経済は輸出主導型の好景気をはじめて体験することになる。株価も大幅に上昇し、億万長者が続出した。「成金」という言葉が生まれたのもこの頃である。
大正時代のバブル株価を頂点として、日本経済黎明期は終了することになる。

☆長期低迷期-昭和
 1920年から太平洋戦争が終結する1945年までの25年間は日本が始めて経験する長期低迷期間である。
 第一次世界大戦が終了すると反動不況が押し寄せ、日本経済は長期のデフレに突入する。銀行の不良債権問題や経済のグローバル化への対応など、当時の日本が直面してした難題は、現在の日本と驚くほどよく似ている。このような状況下に、関東大震災や世界恐慌が重なり、日本経済は壊滅的な大打撃を受けてしまう。
 結果として日本が選択した道は、無理な対外戦争と市場メカニズムを否定する統制経済であった。大規模な公共投資や市場統制によって混乱は免れたが、膨張する政府債務によってインフレが進み、国民生活は極めて厳しいものになった。

 株価は世界恐慌によって暴落し、一時は恐慌前の3分の1の水準にまで達した。その後、大規模な公共投資と日銀の量的緩和策によって株価は持ち直すものの、財政インフレが深刻化し、実質的なパフォーマンスは低いままであった。
日中戦争がスタートすると、国家総動員法が制定され、株式市場も完全に政府の統制下に入ってしまう。株式市場は大きな混乱もなく細々と取引が継続している状態であった。

☆戦後高度成長期
 1945年から1960年までの15年間は、戦後高度成長期である。
 太平洋戦争の終結によって、戦争期間中に封印されてきた数々の諸問題が一気に噴出した。最初に直面したのは近代日本では初めてのハイパーインフレである。
 太平洋戦争末期には、日本の政府債務はGDP(当時はGNP)の200%にまで膨れ上がっており、戦争被害によって国内外の生産設備の多くを損失していたことから、終戦によってインフレが一気に顕在化したのである。
 終戦から5年の間に、消費者物価は約30倍、卸売物価は約60倍になった。政府は預金封鎖や財産税の徴収という非常手段を実施し、さらにドッジラインによる金融引締策の強化によってインフレをなんとか沈静化させた。その後、日本経済は朝鮮戦争特需によって復活し、驚異的な戦後成長を遂げることになる。

 株式市場は、インフレによってパフォーマンスが低い状態が続いていたが、取引所の再開など制度面の整備が進んだことで徐々にインフレに追い付いてきた。その後、朝鮮戦争特需で株価は息を吹き返し、続く神武景気、岩戸景気によって驚異的なパフォーマンスを見せた。朝鮮戦争前後と比べると、所得倍増計画が発表された1960年には株価は20倍近くにまで上昇していた。

☆停滞期
 1960年から1975年までの15年間は成長期における一時的な「停滞期」と位置づけることができる。途中、列島改造ブームなどがあるものの、40年不況による株価の大幅な下落やオイルショックが続き、全体として株式のパフォーマンスは横ばいであった。
 特に40年不況では、投資信託の過剰販売が問題となり、山一證券が事実上破綻して、日銀特融によって何とか倒産を免れるという事態になった。オイルショックの前にはいざなぎ景気と呼ばれる長期の好景気が続いたが、オイルショックによるインフレなどもあり、株式のパフォーマンスは高度成長期に比べると低かった。

☆バブル経済期
 バブル経済のスタートは1985年のプラザ合意による円高がきっかけといわれているが、継続的な株価上昇は1975年頃からすでに始まっていた。1989年の12月に株価のピークをつけるまでの約15年間に、日経平均は高度成長期に匹敵するパフォーマンスを見せた。

 バブル期の特徴は、はじめての本格的な内需主導型の相場であり、日本市場がグローバルな金融メカニズムにリンクしたことである。
 これまでの株式市場は輸出産業の振興による外貨準備の拡大と旺盛な設備投資によるもので、日本の国内事情にのみ依存していた。しかし80年代の市場は、規制緩和が進みグローバルな投資資金が日本にも流入したことで引き起こされた株価高騰であり、現在まで続くグローバル経済の最初の洗礼となった。日本は結局、バブル経済の着地に失敗し、現在まで続く長期不況を招くことになる。

☆長期低迷期-平成
 バブル経済の着地に失敗した日本は、20年にわたる長期不況となり、現在に至っている。
 この間、グローバル経済のさらなる進展、製造業の競争力の低下、新興国の急速なキャッチアップによって、日本はこれまでにない水準の機会損失を被っている。さらに中国の軍事的台頭と米国の衰退といった政治的要因や東日本大震災という災害も加わり、危機的な状況である。
 先にも触れたように、昭和初期の長期低迷期と状況が酷似しており、その解決策を統制経済に求めてしまうリスクにも直面している。株価は日経平均のピークから最大で6分の1近くの水準まで下落しており、下落幅では昭和恐慌時を超えている。

 戦争とイノベーションがトレンド転換の節目となる

 過去130年にわたる株価指数の推移を見てみると、長期的なトレンドの把握が、極めて重要であることが分かる。
例えば、1989年のバブル株価のピーク時に投資を始めた投資家は現在に至ってもその損失を回復することができていない。同様に、1919年の第一次大戦バブルの末期に株を買った投資家がゼロベースに戻るのは、約30年後の朝鮮戦争の前後である。
 投資を始める時期にもよるが、いくら長期投資家とはいえ、30年経過してもなお余裕をもって運用できる投資家はそう多くはないだろう。

 機会損失も長期投資家にとっては大きな痛手である。短期の投資家であれば、ある上昇局面で買い出動することができなくても、しばらくすればまたチャンスは巡ってくる可能性が高い。しかし長期投資の場合には、一度始まったトレンドは15年~30年続いてしまうため、買いのタイミングを逃してしまうと、その機会損失を取り戻すことは極めて難しくなる。

 長期トレンドの変化を確実に把握できる方法は残念ながら存在しない。重要な着目点はいくつかある。ひとつは戦争(地政学的変化)である。
 日本経済の重要な転換点の多くに戦争が介在している。明治から大正にかけての日本経済の発展は、第一次大戦バブルの崩壊で終了した。その後は、全体主義的な統制経済が続き、太平洋戦争に突入して破滅的な終戦を迎えることになる。終戦後は、GHQの占領による政策転換を経て、朝鮮戦争をきっかけに驚異的な高度成長がスタートしている。 
 現在、日本を取り巻く地政学的な状況は劇的に変化してきている。中国の台頭と日米安保の弱体化、米国の軍事戦略の転換に伴って、地政学的に重要な地域は東太平洋から西太平洋にシフトしつつある。東シナ海をめぐる軍事バランスには常に注意しておく必要があるだろう。


 もうひとつの要素は産業構造の変化(イノベーション)である。
 戦争と同様、長期トレンドの変化はイノベーションを伴うことが多い。第一次大戦バブルの崩壊を境に日本は綿製品を中心とした軽工業から重工業へのシフトが進んだ。戦後は自動車産業や鉄鋼産業の拡大がきっかけとなって高度成長を実現した。オイルショックを挟んで80年代以降は、エレクトロニクスなどの分野に主力産業がシフトしている。89年のバブル崩壊以降は、全世界的にソフト産業や知識産業へのシフトやグローバル化が進んだが、日本はこの波に乗り遅れたため、現在でも低迷が続いているという状況だ。

 新しい産業へのシフトは、時としてバブル的な株価形成を伴うことがある。
 古くは1800年代の英国や日本における鉄道株バブル、1900年代初めの米国や1960年代から70年代にかけての日本における自動車株バブル、1980年代のハイテク株バブル、2000年のインターネット・バブルなどがある。イノベーションに関するバブルの発生は、長期投資家にとって重要なシグナルとなる可能性がある。
 2007年のバブル的な株価高騰とその崩壊、太平洋の地政学的状況の変化は、近い将来、株価の長期的トレンドの大転換をもたらす予兆なのかもしれない。

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