変質するモノ作り日本(後編)

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 多くの日本人が抱くイメージとは異なり、日本はすでにモノ作りの国ではなくなっている。
 2004年に投資による黒字が貿易による黒字を上回り、お金でお金を生み出す国に変貌した。日本の製造業は1990年代から変質が始まり2000年代に大きく様変わりしている。国内への設備投資をやめ、海外投資に依存する体質になってきているのだ。日本の製造業はもはや商品やお金を右から左に流す商社のような存在といってよい。
 だが実態とは裏腹に2000年代以降、日本のモノ作りを賞賛する記事がマスメディアにはあふれている。だが名実ともに製造業でトップに立っていた80年代には、日本の製造業はまだまだ二流であるとの論調がほとんどであった。日本はなぜこのような勘違いをしてしまったのだろうか?

前回から続く)

米国のバブルに踊っていたのは実は日本
 日本の製造業が質的変化を起こしていながらそれに気付かなかったのは、アメリカのバブル景気に完全に踊らされてしまったからである。
 2000年代、米国は空前のバブル景気となり、日本からの輸出は急増した。アメリカは中国からも巨額の輸入を行っていたため、日本は中国向け輸出でも恩恵を受けた(中国向けの輸出の多くは、中国人向けのものではなく、最終製品としてアメリカに輸出される)。

 日本の輸出総額は2000年に50兆円前後だったものが、リーマンショック前の2007年には80兆円を越すまでに増加した(図1)。為替も実質的には大幅な円安となり、日本の製造業はさらに恩恵を受けた。アメリカのバブル景気で浮かれていたのは、米国ではなく実は日本だったのである。


 だが足元では変調が始まっていた。図2は図1のグラフをシェアが分かるように書き換えたものである。日本の基幹産業は自動車、電機、機械、精密機器の4種類である。この4業種で全輸出の70%以上を占めていた。だが2000年代を通じてこの4業種のシェアは徐々に低下し2011年には60%になっている。
 4業種の中でも電機の落ち込みが激しいことがわかる。電機の輸出が不振だったのは製品のコモディティ化で価格が下落したことが最大の要因である。数量では増加していても、価格が下落してしまうと金額ベースで減少してしまう。

 だが米国バブルの恩恵で市場の絶対額が増加していたため、この事実が覆い隠されてしまっていた。リーマンショックによって絶対値が大幅に減少した結果、この構造的な問題が露呈した。パナソニック(東証1部:6752)やソニー(東証1部:6758)の不振、シャープ(東証1部:6753)の経営危機は2000年代にすでに予見できていたはずなのである。

新興国のキャッチアップは避けて通ることができない
 4業種の中で自動車はまだかろうじてシェアを保っている。自動車は今のところコモディティ化が進んでいないからである。自動車メーカーのトップも「自動車はコモディティにはならない」(日産のゴーン会長)との見解を示している。だがそれは本当だろうか?

 かつてコンピュータ産業は現在の自動車産業と同様、メーカーによる垂直統合モデルであった。だがインテル(NASDAQ:INTC)やマイクロソフト(NASDAQ:MSFT)といった標準化と水平統合を推進するメーカーが登場し、旧来のメーカーは大打撃を受けた。
 自動車産業でこれと同じ現象が起こらない保証はない。ドイツのボッシュやカナダのマグナ(TO:MG)といった大手の自動車部品メーカーは各国の自動車メーカーに広く部品を供給しており、自動車業界におけるインテルやマイクロソフトになれる潜在力を持っている。

 コモディティ化がそれほど進まないにしても、新興国によるキャッチアップは避けて通ることができない。工業化の歴史の中で、後発の工業国にキャッチアップされなかった国はない。
 図3は主要各国の工業製品シェアをイメージしたものである。

 かつて絶対的な工業力を誇った英国は、1900年前後を境に新興国である米国にそのシェアを奪われた。その後多少の変化はあるものの、英国が製造業において劇的に復活することはなかった。その英国も図には記載されていないが新興国であった時代があった。
 英国は先進工業国であったオランダのモノマネから工業化をスタートさせ、世界最大の工業国に成長したのである。だが一方のオランダは英国に抜かされたままである。

 日本は戦後の高度成長によってドイツを抜き、米国に次ぐ工業国になったが中国の猛追を受けている。GDPではすでに中国に抜かされており、工業製品のシェアでも中国に抜かされるのはほぼ時間の問題といえるだろう。

ゆっくりとした老衰を選ぶ日本人
 それでは日本のこの先どうすればよいのだろうか?選択肢は大きく分けて以下の4つが考えられる。

 ①工場の海外移転をやめ、国内製造に回帰する
 ②高付加価値型の製造業に転換する
 ③米国型の金融立国を選択する
 ④福祉や観光などのサービス業にシフトする

 現在の状況で①を選択した場合には、価格競争力を無くしてしまい日本の製造業はおそらく立ち行かなくなるだろう。劇的な円安にならない限りこの選択はほぼ不可能である。
 ②は一部のメーカーは業態転換が可能かもしれない。だがボリュームゾーンを狙う多くのメーカーにとって、高付加価値型への転換は工場の大規模な閉鎖や人員の入れ替えなどリストラ策を伴うことになる。雇用を最優先に考えなければならない日本においてはかなり難しい選択といえる。
 日本人は③の選択肢はすでに捨てている。小泉政権の時に掲げられた構造改革は一種の金融立国への転換政策でもあったが、日本人の民意は事実上これを拒否したといってよい。
 残るは④ということだが、こちらも大きな痛みを伴う。製造業とサービス業では、生み出す付加価値が大きく異なっているのだ。
 製造業は需要さえあれば、供給をそれに合わせて拡大することができる。だがサービス業は人口の頭数以上の供給は不可能だ。このためサービス業の所得水準は製造業に比べて低く、産業構造をサービス業中心に転換した場合には個人所得が大幅に減少する。

 だが前編で触れたように、日本には毎年12兆円を超える巨額の投資収益がある。日本の製造業がこのまま海外移転を続ければこの投資収益はさらに増加することになる。工場の閉鎖などによって失業者は増加するだろうが、マクロ的には海外からの投資収入によって、国内の製造業のマイナス影響を緩和してくれるはずだ。

 日本人は、このままゆっくりと衰退していく道を選択しているように見える。
 為替がそれに呼応してゆっくりと円安に振れれば、さらに製造業の衰退は緩和されていくかもしれない。その代わり、日本人は毎年少しずつ貧しくなっていく現実を受け入れなければならない。もしそれまでも拒否して、現在のような多額の国債発行に依存する消費生活を続けていけば、その結果はより悲惨なものになるに違いない。

(本記事はこれが最終回です)

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