市場はいつ危機を知るのか?

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 スペインの債務危機が深刻化している。欧州債券市場ではスペインの10年物国債利回りが一時7.6%とユーロ導入以来の高い数値となった。その後、利回りは一旦低下したが、欧州中央銀行のドラギ総裁の発言に対する失望感から売りが広がり再び7%台に突入している。
 利回りの上昇は短期債にも波及しており予断を許さない状況だ。7%台の利回りは財政運営が極めて困難になる水準と理解されており、ここまで国債が売られたということは、市場がスペインの財政破綻を織り込み始めた(国債トレーダー)ことを意味している。

 リーマンショック以降、欧州では次々と金融危機や財政破綻の懸念が表面化し、当該国の国債利回りが上昇してきた。市場はいつ頃から財政危機を価格に反映させはじめるのだろうか?スペイン国債市場の動きを中長期的視点で追った。

スペインの債務比率はそれほど悪くない
 スペイン国債の利回りは今回の急上昇によってユーロ導入後最高値を記録したが、1ヶ月前の2012年6月18日に一度7%台に乗せている。
 ただ5月時点では6%前後だったことを考えると、この2ヶ月でまるまる1%以上上昇したことになる(図1)。スペインの代表的株価指数であるIBEX35は5月に一次急落していたが、6月の利回り7%台突入にはあまりネガティブに反応せずしばらく上昇が続いていた。だが、今回の利回り急上昇を受けて一時は1000ポイント以上も下落している。

 ではスペインの財政状況は実際どの程度悪いのだろうか?
 スペイン国債の格付けは、スタンダード&プアーズがBBB+、ムーディーズはBaa3となっており、それぞれ投資適格ではもっとも下のランクとなっている。次に格付けが引き下げられると「投機的要素が強い」あるいは「投資不適格」のカテゴリーに入ることになる。
 スペインの2011年の名目GDPは約1兆ユーロ、スペイン政府の債務残高は約7400億ユーロである。2012年には8400億ユーロに達していると思われ、GDPに対する債務比率は70%を超える。

 政府債務のGDP比率の数字だけを見れば、イタリアは100%を超えており、フランスやドイツも70~80%台となっており、特段スペインの債務比率が高いというわけではない。日本に至っては200%を超えている。
 それでもスペイン国債の利回りが上昇しているのは、市場がスペイン政府の債務履行能力を疑問視しているからである。では市場はいつ頃からスペインの債務不履行を意識し始めたのだろうか?

市場金利が明確に危機を反映するのはかなり後になってから
 図2は1980年からのスペイン国債の利回りの推移と政府債務のGDP比を示したものである。
 しばらく4%台で推移していたスペイン国債の利回りが上昇を始めたのは2010年の12月からである。ただし2010年はギリシャ問題やアイルランド問題に市場の注目が集まっており、スペインの財政危機はそれほど深刻には受け止められていなかった。

 ギリシャやアイルランドに対する救済融資が一段落した2010年の年末からスペイン国債の利回りが上昇を開始していることを考えると、市場は次のターゲットとしてスペインに狙いを定めたといってよいかもしれない。

 だが2011年に入っても欧州問題の主要テーマはギリシャとポルトガルであり、スペインにこれほどまでに大きな注目が集まるようになったのは2012年になってからである。
 一方、政府債務のGDP費比はリーマンショック直後の2009年から急上昇を始めている。だがその当時はまだ市場に危機意識は薄く、国債の利回りも4%前後で安定的に推移していた。

 このように市場価格の推移を見てみると、市場が財政危機を明確に織り込み始めるのは、かなり後になってからだということが分かる。というよりも、市場が財政破綻を意識し始めた時にはすでに問題は深刻化している。これは結果論だが、金利がじわじわと上昇し始めた2010年後半の市場の動きが、危機の予兆だったということになる。
 スペインの場合には、ユーロ導入の恩恵を受け好景気が続いていたことが問題の本質を隠してしまい、危機の表面化が遅れてしまった面が否めない。

スペインはもともと財政基盤が弱い
 ユーロの導入によって、スペインは身の丈以上の資金調達が可能となり、空前の好景気に沸いた。7%台の経済成長が続き、政府債務の比率はリーマンショックが発生する2008年まで順調に低下していた。だが、これは名目GDPが増加することで、みかけ上債務比率が減っていただけであり、債務残高そのものはむしろ増加していた。

 スペイン経済の実質的な体力はユーロ以前から実はあまり変わっていなかったのである。
 図2を見ても分かるように、スペイン国債が4%台の水準で安定的に推移していたのは、ユーロが導入された2002年前後からであり、それ以前の利回りは90年代で平均8%、80年代では平均14%と極めて高かった。
 これはスペインが、戦後しばらくの間、軍事独裁政権が続き、十分な経済発展を遂げることができなかったことが背景にある。
 
 スペインの産業の中心はしばらくの間、独裁政権下で設立された国営企業群であった。1950年代に積極的な開放路線に転換したことによって今度は外資の進出が相次いだ。
 この結果、国内の主要産業のほとんどは、民営化された元国営企業か外資系企業という状況になっている。国内の民間資本による製造業はスペインにはほとんど存在していない。この点が主要先進国と大きく異なっており、どちらかというと途上国型の産業構造になっている。
 スペインの代表的な株価指数であるIBEX35を構成する銘柄も、多くがインフラ、エネルギー関係であり、製造業はほとんどない(図3)。

 軍事政権による統制型の経済モデル、非製造業中心の産業構造はギリシャも同様(スペインは大国であり単純な比較はできないが)であり、過去デフォルトを起こした国々に多く共通する点でもある。

 韓国は、これらの国々と異なり製造業の育成には成功したものの、軍事独裁政権の影響による不十分な資本蓄積という意味では、同様の問題を抱えており、アジア通貨危機ではIMFの支援を受けている(参考記事:「韓国経済の真実」)。

日本に財政危機は起きるか?
 現在は欧州問題の深刻化に市場の注目が集まっているが、水面下では「次のターゲットは日本ではないか」という噂が絶えない。確かに日本の政府債務のGDP比は世界でも突出している(図4)。しかもその比率はここ10年で異常な伸びを見せている。

 これまで見てきたように、債務危機を引き起こしてきた国々と日本とでは産業構造が大きく異なっており、単純な比較は危険である。また資産を多く保有する日本は、グロスではなくネットの政府債務で比較すれば、債務比率はそれほど高くない。

 だが、ユーロ導入による好景気がスペイン問題の本質を多く隠してきたのと同様に、欧州危機による消極的円高と低金利が問題の本質を隠蔽している可能性は否定できない。

 日本国債はその購入者がほとんど国内の投資家であるという理由から危機は起きないという説もあるが、これは財政が行き詰まりデフォルトする可能性が低いことを意味しているにすぎない。国債保有者の多くが国内投資家であっても、市場金利が急上昇すれば金融システムは間違いなく大混乱に陥るだろう。しかも、市場金利を急上昇させるには十分な額の国債がすでに外国人投資家の手に渡っている。彼らが一斉に売りに転じれば、国内投資家だけでこれを買い支えるのは困難だ。

 2010年後半に一度急上昇を見せた日本の長期金利は、その後さらに低下を続けている。市場は現在のところ日本の財政危機をまったく価格に織り込んでいない。だが、スペインで金利の急上昇が起こったのは、危機が表面化したかなり後であったことを忘れてはならないだろう。

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