日銀原理主義の由来

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 世界経済の失速感が高まる中、欧州中央銀行は2012年7月5日、政策金利を0.25%引き下げ過去最低水準の0.75%にすると発表した。
 同日、中国人民銀行やデンマーク中央銀行も政策金利の引き下げを発表し、イングランド銀行は資産購入枠を拡大しより積極的な金融緩和を行うことを表明した。これを受けて米国ではQE3への期待がにわかに高まってきている。

 各国が相次いで金利の引き下げや緩和政策を打ち出していることから、日銀(JASDAQ:8301)に対しても追加緩和を求める声が大きくなることが予想される。欧州と中国の利下げについては市場はある程度織り込み済みだったため、ドル円の為替相場は今のところ大きく変動していない。しかし、QE3がより現実味を増してくれば円高に触れる可能性が高く、日銀はさらに苦しい立場に追い込まれるかもしれない。

 日銀は「マネタリーベースのGDP比は先進国では日本が最大」(白川総裁)であり、すでに十分な緩和を行っているというスタンスだ。だが、マーケットや政治の側から聞こえてくる声の多くは「日銀は十分に緩和策を講じていない」というものがほとんどである。
 白川総裁は「もっとアグレッシブに金融緩和をやれという批判と、日本銀行は副作用に目をつぶって金融緩和をやりすぎているという両方の批判を受けている」(5月23日定例記者会見)と述べているが、ほとんどは金融緩和が足りないという批判だと考えるのが自然だろう。

誰も日銀とコミュニケーションできていない?
 現在の日銀の緩和策が適当な水準なのかは、ある意味で哲学的な議論になってしまうのであえて論評しない。ここでは少し視点を変えて、マーケットと日銀、あるいは永田町と日銀のボタンの掛け違いについて触れてみたい。

 マーケットや政治の側の多くは、日銀は金融緩和に消極的だと考えている。日本が長期的なデフレから脱却できないのは日銀の金融政策に原因があるというわけである。ウラを返せば、積極的に緩和策を講じれば景気を回復できると考えていることになる。
 だが日銀はそう考えていないようだ。白川総裁は会見で繰り返し述べている。

「極めて緩和的な環境のもとで、企業が十分に投資を行っていかない、支出を行っていかない環境があるわけです。従って、こういう環境自体を是正していく、つまり成長力を強化していく様々な取組みが必要です。そして、この両方が揃って初めて、デフレから脱却することになっていくと思っています。」(6月15日定例記者会見)

「経済成長の基礎を築いていくためには、民間企業が付加価値の創造力を高め、外需の取込みや内需の掘り起こしを進める必要があります。また、このような企業の前向きな活動を支えていくために、政府が環境整備に努めることや、民間金融機関が成長基盤強化に向けた取組みを行うことも重要です。」(4月27日定例記者会見)

「デフレという問題は、成長力低下の裏返しの現象です。私どもとしては、先程申し上げた通り、成長力強化の取組みと、金融面での下支え、この両方が相俟って、デフレから脱却していくと考えています。日本銀行として成長力強化という面で果たせる役割はそう大きなものではありませんが・・・」(3月31日定例記者会見)

 白川総裁がこの手の話をするときには「これまでも何度も申し上げておりますが」などという前置きを加えることも多く、マーケットに真意が伝わらないことへのいらだちが見て取れる。

日銀原理主義はどこからやって来るのか?
 では白川総裁は正しいのか?
 教科書的に言うならば、金融政策そのものが経済を成長させることはないので、日銀は正しいことになる。もっとも、積極的な緩和策による資産効果で消費が増加するなどの影響も出てくるため、一概にはそうとも言い切れないのだが、理屈を通すならそういうことになる。
 日銀は常に「金融政策原理主義者」(短期市場関係者)であるといわれるゆえんだ。

「法王」と呼ばれた一萬田総裁

 日銀には昔から原理主義的なスタンスの人物が多い。
 古くは昭和初期、金本位制の復帰に伴う一連の政策において、徹底的な構造改革と旧平価での解禁(現在でいえば実勢に合わない円高)を主張し最後は血盟団事件という右翼テロの犠牲となった井上準之助総裁、終戦後のインフレ収束に強行なスタンスを崩さず「法王」の異名を取った一萬田 尚登総裁などが有名だ。

 一萬田総裁の進めた緊縮策はすさまじく、方針に反発して製鉄所建設を強行しようとする川崎製鉄(現在のJFEホールディングス(東証1部:5411)に対し「無謀な計画だ。千葉の土地にペンペン草を生やしてやる」と言い放ち、さらには「自動車が必要なら安くて性能のよい米国車を輸入すればよい」として、当時資金繰りの悪化で倒産寸前だったトヨタ自動車(東証1部:7203)への緊急融資案を一蹴している(日銀名古屋支店長の独断で協調融資は実施された)。
 
 最近では、バブル退治のために矢継ぎ早に金融引締め策を実施した三重野総裁がいる。当時、地価の高騰が庶民を苦しめていたことから、マスコミは三重野氏のことをバブル退治に活躍する「平成の鬼兵」としてもてはやしたが、現在では行き過ぎた引き締め策だったとして否定的に見る向きが多い。

 番外編としては、総裁ではないが竹中平蔵氏の懐刀と言われた元日本振興銀行会長の木村剛氏も日銀出身だ。木村氏は小泉・竹中内閣が進める構造改革に賛同し、本来ならつぶれているゾンビ企業はすぐに退場させるべきとして、いわゆる「大手30社問題」を提起し名を馳せた。その後、中小企業向けの金融システムが必要との持論を実現すべく日本振興銀行を設立したが、経営上のトラブルが相次ぎ、最後は検査忌避の容疑で逮捕されてしまった。
 
 日銀は独立性が保障された特別な組織ではあるが、見方を変えればごく普通の官僚組織である。官僚組織で働く職員は組織の目的に忠実であり「いい意味でも悪い意味でも原理主義的」(霞ヶ関のキャリア官僚)だ。
 趣味が金融政策とまでいわれる白川総裁のこと、日銀官僚として当たり前のことを説明しているにすぎないのかもしれない。白川総裁のスタンスが官僚の本能によるものであれば、よほどのことがない限り変わることはないだろう。

「平成の鬼兵」こと三重野総裁

経済成長の原動力はイノベーション
 白川総裁はこうも言っている。

「わが国経済は、現在、急速な高齢化のもとで、趨勢的な成長率の低下という長期的・構造的な課題に直面しています。」(2012年4月10日定例記者会見)

「デフレという現象も、成長率が低下するもとで将来の成長期待をなかなか持てない、その結果、支出が本格的に増えないということの反映です」(2012年3月13日定例記者会見)

 つまり、日本は潜在的な経済成長率が低下しており、デフレはその結果であるとしている。経済が成長軌道に乗らなければデフレは解決できないとのスタンスだ。
 では経済をどのようにして成長させるのか?白川総裁は、経済成長の原動力は常に企業活動であり、企業が生み出すイノベーションであるという点を力説している。

「成長を切り拓いていくのは、いつの時代でも企業であり、また企業を担う企業経営者、イノベーターだと思います。その上で、民間企業自身も、現に様々な取組みをしていると思いますが、これからも是非してほしいし、そうした民間企業のイノベーティブな取組みをサポートする環境をしっかり整備していくということは政府の役割だと思っています」

「政府だけではなく様々な主体がしっかり取り組んでいくことが必要と考えています。また、様々な民間企業の取組み、イノベーションを社会として受け入れていくことが必要です。誰かがデフレを解決してくれるのではなく、各主体がそうしたことに取り組んでいくことが非常に大事だと思っています」(2012年4月定例記者会見)

 オブラートに包んだ表現になっているが、要するに日本社会は革新的な企業活動をあまり受け入れず、それがイノベーションと経済成長を妨げているという解釈である。また本来イノベーションを起こすはずの企業家も他人が解決してくれると待ちの姿勢になっているとも読める。
 成長基盤強化支援のドル建て融資に関する「産業空洞化につながるのでは?」という記者の質問に対して、「需要が拡大している地域が新興国等の海外の市場である場合、そうした地域に拠点を設けていくこと自体は経営上の自然な選択だと思います」と述べている。
 自由な企業活動が経済成長の源泉ならば、グローバル化が進む現代において積極的に海外進出することは当たり前のことである。企業活動を側面支援するのが金融の役目であれば、日銀としてはむしろ当然の政策ということになるだろう。

 日銀が、法律で守られたいわば特権的な立場の組織であることを考えると、上記の発言はいささか他人事のような感じに聞こえなくもないが、主張されている内容は教科書的に正しいものばかりだ。

金融緩和が国債増発をもたらす?
 全世界的に中央銀行の役割は側面支援的なものからより積極的なものへと変化してきている。また、中央銀行の独立性の是非についても議論が活発化している。国内には独立性強化のために一度改正した日銀法をまた元に戻そうという動きもある。
 中央銀行により積極的な関与を望むのであれば、経済成長の原動力は何かという根本的な問題についてコンセンサスを得ておく必要があるだろう。そうでなければ、日銀法の再改正もただの責任のなすりつけ合いの道具に成り下がる。

 もっともコンセンサスの有無に関わりなく、世論の高まりを受けて政治的な圧力が強まれば、「官僚組織」である日銀は組織防衛のためにある程度要求を受け入れることになるだろう。
 その結果、日銀のバランスシートは現在よりもさらに増大することになる。企業活動こそが経済成長の原動力という白川総裁の考えが正しければ、企業活動が停滞する中での資金供給は滞留を引き起こすだけの結果に終わるかもしれない。

 さらに悪いことに今の日本では滞留したマネーの多くは国債に流れるという副作用もある。国債の消化を優先して当局がそれを黙認しているとは考えたくないが、日銀の緩和政策の歩調に合わせて国債の発行残高も不気味に増加している。肥大化した日銀のバランスシートは最終的にマネタイゼーションという形で不良債券の山と化しているかもしれない。

 そうなってしまうと、もはやインフレを避ける最後の手段は大増税しか残らなくなる。日銀への緩和圧力が意図せずして時限爆弾の時間稼ぎになっているとするなら、これほどむなしいことはない。

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