100年投資-超長期株価トレンドの転換点を見極める方法

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 10年あるいはそれ以上の期間を見据えて投資を行う長期投資家は、日々の株価変動に一喜一憂する必要はない。むしろ、5年、10年という長期スパンでのトレンドをどう判断するのかが成功のカギとなる。長期投資は年率換算のボラティリティが小さくなるため、比較的安全だという考え方がある(この点については議論が分かれるが、長期投資の年率換算ボラティリティが低いのは事実)。しかし、株価にはトレンドというものがあり、最終的には一定成長率に収束するとしても、しばらくの期間はトレンドが継続する可能性が高い。いくら長期投資が安全といってもバブルの絶頂期で株を取得してしまった投資家は、現在でもリターンはマイナスのままだ。

 日々の株価の動きが数学的にランダムに近いものであっても、長期にわたるトレンドが発生するのは、産業構造が一定の期間を経て変化するからである。
 産業構造が大きく変わる時期には、経済的なトレンドが変化しやすい。経済的なトレンドが変化すると社会的な状況も変化し、トレンドはさらに顕著なものとなる。
 産業構造の変化をうまく読み取ることができれば、長期投資家にとっては大きな武器となる。逆に言えば、産業構造の変化に気がつかないと、場合によっては致命的なミスを犯してしまうことにもなりかねない。長期投資家にとって構造変化の判断は極めて重要なテーマといえるだろう。

構造変化の潮目を捉える手法
 構造変化の潮目を捉える方法のひとつに、経済学で用いられる成長モデルの応用がある。
 経済学では、経済成長がどのような要因で実現するのかについて、生産関数という考え方を用いて解析が行われる。生産関数の概念はかなり以前から存在していたが、1990年代におけるIT投資の活発化と米国のめざましい経済成長から、インフレなき経済成長がITによって実現できるとされる「ニュー・エコノミー論」が台頭し、これを分析するためのツールとして大きな脚光を浴びることになった。
 ニュー・エコノミー論の真偽のほどはともかく、生産関数の考え方は、構造変化の潮目を把握するのに非常に有益なツールである。以下では、生産関数を使った長期的視点での産業構造の変化について考えてみる。

 生産関数の考え方では、基本的に企業は、資本と労働という2つの資源(リソース)を投入することで生産を行っており、これら2つの要素の投入量によって生産高が決まると考える。これはマクロ経済での国家も同じで、国の経済は、資本と労働の投下によって経済成長(GDPの増加)を実現していると考える。数学的に言うと、生産高Yは資本Kと労働Lの関数ということになる。

 このことは、資本もしくは労働のどちらか、あるいは両方を投入しなければ経済成長は実現できないということを意味している。そして、どちらをどれだけ多く投入すれば効率がよいのかは、その時代や企業のビジネスモデルによって変わってくる。
 このような変化をもっともシンプルに認識できる指標が、資本Kと労働Lの比率(K/L比)である。図1は日経225構成企業のK/L比の分布を示したものである。


 業界やビジネスモデルによって必要とされるリソースは異なるので、K/Lは広範囲に分布する。銀行や不動産といった資本集約型の企業は右側に、労働集約型の企業は左側になる。分布のピークになっている辺りが、日本全体での平均的な資本/労働比率ということになる。

 資本集約型の企業でも、その時々の経済事情に応じて資産を圧縮したり、人材に投資したり、もっとも最適な資産/労働配分を目指して常に調整を行っている。したがって、経済全体の資本/労働比率の動きを見れば、その国の経済がどのような方向を向いているのかが分かるという仕組みである。
 一般的に生産関数を使った分析では、生産性をより明確に把握する目的から労働Lとして労働量などを用いることが多い。しかし、本稿では金融的な分析に側面を当てていることから、労働量Lは金額ベースの数値(総人件費)を用いている。

長期スパンでのK/L比の変化は社会情勢を反映する
 経済全体でのK/L比の動きは、経済の構造変化との相関性が高い。また経済の構造変化は社会的、文化的な構造も変化させるので、社会的、文化的な構造変化とも関連性が高くなっている。K/L比の動きと経済的、社会的状況の変化をまとめたのが、以下の表である。


 図2は、明治時代から現在までの日本におけるK/L比の変化を示したグラフである。図3のAからBまでの区分がどこに該当するのかも示した。戦前期は、資料の関係から厳密には戦後の数値と連続しておらず、数値変動も激しいが、一連のデータとして取り扱っている。


K/L比が上昇している時期は「前向き」
 K/L比が上昇している時期は、多くの場合、経済が好調である(区分A)。
 超過需要となっていることから、積極的に設備投資が行われ資本投入が増大する。資本投入の原資は、高度成長期であれば輸出によって獲得した外貨であり、成熟期経済においては内需拡大による時価総額の拡大や金融マーケットを活用した海外からの資本流入である。大正バブル期、戦後復興、高度成長、80年代バブル期がこの区分に当てはまる。
 一方、人的資本の減少によってK/L比が上がっている場合には、あまり前向きな時代とはいえない。だが、明治以降の日本では区分Bの時代はまだ経験したことがない(今がその時かもしれないが)。
 
 一方、K/Lが低下もしくは横ばいとなっている時期は、どちらかというと後ろ向きの時代である(CもしくはD)。
 明治後期には富国強兵が一段落し、経済的には豊かになったものの明確な目標を見出せず、厭世観が蔓延した時代であった。エリート中のエリートである旧制一高の学生、藤村操が華厳の滝に投身自殺し、後追い自殺者が続出した事件もこの時期に起こっている(夏目漱石はこの事件に大きなショックを受けた)。戦後は、高度成長の後、学生運動やオイルショック、フォークブームなどが起こった70年代にK/L比が低下している。

 もっとも後ろ向きの時代も悪いことばかりではない。これをポジティブに捉えれば、成熟した社会が、より付加価値の高い産業を発達させる時代でもある。明治後期の厭世的な時代を経なければ大正時代の豊かな消費生活は実現できなかっただろう。
 90年以降の失われた20年には、K/L比が低下もしくは横ばい傾向となっているが、この間、日本ではコンテンツや付加価値の高いサービスを提供する企業が躍進(ミクシィ、ユニクロ、ひらまつなど)し、生活水準の質的な向上をもたらしている。

リーマンショック以後のK/L比急上昇は何を意味しているか
 注目すべきは2008年以降、K/L比が急上昇していることである。K/L比の上昇となるのは区分がAかBの時である。短期的にはリーマンショック後の危機対応で、人件費の削減を急速に進めたため、K/L比が上昇したと考えられる。この状況は区分で言えばBということになる。

 Bの時代は、Aと同様、K/L比は上昇するものの、将来が明るい状況ではない。
 実際、現在の日本には、「3丁目の夕日」に代表されるような高度成長時代への懐古趣味的な風潮を多く観察できる(現実の昭和1958年は図2からも分かるように丁度折り返し地点であり、必ずしも映画で描かれたような雰囲気ではなかったと思われる。実際、当時の新聞記事では、集団就職した若者の数が多すぎ、供給過剰になるという将来に対して悲観的なトーンのものが少なくない)。

 最悪なのは、人件費の圧縮によってK/Lが上昇したのち、今度は資本流出(あるいは資本浪費)によってK/L比が下落に転じることである(区分D)。豊かだった大正時代から暗黒社会に転落し、最終的には太平洋戦争の敗北という結末を迎えた前期昭和時代の再来である。

 今回は、財政問題をきっかけとした資本流出かもしれないし、日本の孤立化による資本の浪費なのかもしれない。K/L比の変化は、トレンド転換を見極めるきっかけにはなるが、そのトレンドの中身までは分からない。もしかすると、ここ2~3年のK/L比の向上は、近い将来やって来る、継続的な景気上昇とK/L比向上という明るい時代の前兆なのかもしれない。

どのようなタイミングで投資すればよいのか
 K/L比の推移に関する情報を長期投資に生かすためには、株価との関係性について考察しておく必要がある。図3は図2に示したK/L比の推移に日経平均株価を重ねたものである。株価の上昇とケタが合わなくなるので、株価については対数表記としている。


 日本では、戦後から現在までの間に、驚異的な株価上昇を見せた時期が4回ある。
 朝鮮戦争特需を背景にした1950年代前半、神武景気から始まり所得倍増計画を頂点とする1950年代後半、いざなぎ景気や列島改造論による1970年前後、バブル経済を背景にした1980年代後半である。図では対数表記なのであまり目立たないが、この4つの時期の株価上昇は突出している。

 これら4つの株価上昇期にはK/L比も上昇している。70年の株価上昇はK/L比の低下中に起こっているが、短期間であった株価の上昇期間中にはやはりK/L比は一時的に上昇した。逆にK/L比が下落トレンドを描いている時期は総じて株価のパフォーマンスはよくない。いずれにせよ、K/L比のトレンドが大きく変化すると相場も転換点を迎えている。
 
 2008年のリーマンショック以降のK/L比の上昇は、労働コストの低下による一時的な現象かもしれない。しかし、前回のトレンド転換から約20年経過していることなどを考え合わせると、本格的なトレンドの転換点である可能性が高い。株価の大幅な上昇やK/L比転換のトレンドは10年もしくは20年前後のスパンで発生しており、現在は90年の転換点からちょうど20年経過しているからだ。

決断すべき時期が近づいている
 今回のK/L比の上昇がホンモノであり、株価の継続的な上昇が見込まれるとすると、それはどのような経済環境によるものなのだろか。

 過去4回の株価上昇局面のうち、3回は高度成長型のモデルである。つまり、国際的に高い競争力を持った製造業が海外に製品を販売し、獲得した外貨をもとに、積極的な設備投資を行うというパターンである。
 しかし、これは途上国型の経済成長モデルであり、もはや成熟国家(衰退国家?)の領域に入った日本には当てはまらないだろう。事実、日本の製造業の多くは新興国にキャッチアップされており、かつてのような輸出主導型の経済を復活させることは難しいというのが現実だ。

 考えられるとすると、日本企業の海外直接投資の増加とそれに伴うマイルドな円安の進行、さらに直接投資の配当による所得収支の増加(貿易収支の赤字をカバーする)といった流れだろうか?マイルドな円安の進行によって株式や不動産などの資産価格が上昇して、資産効果をもたらし実体経済が上向くという好循環が期待できるかもしれない。

 だがこれは諸刃の剣でもある。前向きな海外投資ではなく、キャピタル・フライトによる急激な円安と金利上昇が起これば、暗黒の昭和の再来にもなりかねない。今回のトレンドが区分Aであり、決して区分Dの前兆ではないことを祈りたい。楽観によせ悲観にせよ、長期的スパンに立つ投資家にとって決断すべき時期が近づいていることだけは確かだ。

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