米国経済の現状を冷静に眺めてみると(後編)

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 米国では、毎週のように主要な経済指標が発表され、市場はそのたびに大きく動く。ニュースの多くは前月比の伸び率や事前予測値との乖離に関するものである。FXや株式の短期的な取引には非常に重要な情報だが、中長期的な株価トレンドや景気動向を知りたい人にとっては、単純な前月比や伸び率の数値はミスリードを引き起こす可能性もある。

 例えば、ある指標の伸び率が低下するとニュースの見出しには「米景気が失速か!」という見出しが躍る。だが、実際には数ヶ月連続で増加した中での伸び率の低下であって、全体としては堅調な推移が続いているのかもしれない。
 米国経済は本当のところどのような状態なのか?生産、雇用、物価、消費、住宅、マネーという6つの指標から米国の現状を探った。

前回からの続き)
 前回は生産、消費、雇用という3つの側面から米国景気の現状を眺めてみた。生産や消費の面から見ると、決して楽観はできないものの米国経済は比較的堅調に推移していることが分かる。ただ失業率の回復ペースが遅く、雇用環境が今後の足を引っ張る可能性があることをうかがわせる。

 前回の記事の執筆後、ISM製造業指数の6月分が発表され、34ヶ月ぶりにマイナスに転じた。全体的な見方を変更する必要はまだないと思われるが、生産関連の指標が雇用など他の分野に波及するようだと、全般的な指標悪化につながる可能性もある。
 今回は、物価、住宅、金融の側面から引き続き米国経済の現状を眺めてみたい。

中央銀行の使命が物価の安定であるならば、FRBは合格点だ
 消費者物価指数は、消費者が購入する商品やサービスの価格推移を示すもので、インフレに関するもっとも重要な指標のひとつである。
 物価は食品とエネルギーの価格に大きく左右されるため(最近はコモディティが投機対象となっているためさらにその傾向が強まっている)、最終的な物価指数から食品とエネルギーの影響分を除いたコア指数というものが、インフレという観点からは特に注目されている。

 消費者物価指数は、各月の15日前後の午前8時30分(現地東部時間)に発表される(統計発表時に次回の正式な発表日が明らかにされる)。
 図1は消費者物価指数とダウ平均の過去10年間の推移を示したものである。

 消費者物価指数と食品・エネルギーを除いたコア指数の両方を記載している。消費者物価指数はリーマンショック後に大きな落ち込みを見せ、2010年前後にも横ばいが続いている時期があったが、全体としては安定的な水準で推移している。特にコア指数については、2010年から11年にかけて横ばいが続いた次期を除けば安定的な推移といえる。

 FRB(連邦準備制度理事会)は物価上昇率を年2%に維持するインフレ目標制度を導入している。バーナンキ議長は明言こそしていなかったものの、以前から事実上のインフレ目標制度を採用してきた。中央銀行の使命が物価の安定であるならば、FRBは今のところその使命を十分に果たしてきているみてよいだろう。
 現在は欧州危機の問題悪化でマーケットには景気減速リスクが蔓延している。原油価格も大幅に下落しており、これによってFRBにも追加緩和(QE3)期待が強まってきている。だが一方で、金融緩和政策の弊害であるインフレリスクも決してなくなっていないことに留意する必要がある。
 物価のコントロールを誤れば、景気後退の最中に物価上昇の歯止めが効かなくなるという最悪のケースも考えられる。物価動向には引き続き注意が必要だ。

米国景気の今後を占う上で極めて重要となる住宅関連指標
 住宅の建設や販売は米国経済の中核を占める重要なセクターであり、住宅関連指標は昔から重要視されてきた。リーマンショック後は、住宅問題が現在の米国景気の足を引っ張る最大要因となっているだけに、さらに多くの市場関係者が住宅関連指標に注目している。

 住宅関連指標の中でとりわけ重要なのは、住宅着工件数、中古住宅販売件数、S&Pケースシラー住宅価格指数の3つである。
 住宅着工件数は米国内で新規に建設された住宅の件数である。住宅着工件数は新築の住宅に関する指標なので景気動向に極めて敏感である。また住宅の新設は家電や家具など他の産業への波及効果も大きいため、先行指標として重視されている。
 住宅着工件数は米国商務省が取りまとめており、毎月15日前後の午前8時30分に(現地東部時間)に発表される。

 米国は日本と異なり、住宅に関する資本ストックが充実している。日本では販売される住宅の多くが新築がだが、米国では中古住宅のマーケットが新築の十倍近くもある。その意味で、住宅マーケットの実像を見るためには中古住宅販売件数も見ておく必要がある。
 中古住宅販売件数は米国不動産協会がまとめているもので、毎月25日の午前10時(現地東部時間)に発表される。中古住宅は市場規模が大きいので、住宅着工件数よりも動きは緩やかになっている。だが、住宅ローンなど金融システムの健全性という観点では、中古住宅動向の方が実態をよく表していることが多い。
 図2は住宅着工件数と中古住宅販売件数およびダウ平均株価の過去10年間の推移を示したものである。


住宅指数はリーマンショックの発生をかなり前から予見していた
 住宅着工件数はリーマンショックが起こるかなり前の2006年1月にピークを打っており、その後急激に悪化している。ダウ平均株価はリーマンショックという形で危機が顕在化するまで上昇を続けていた。後講釈になってしまうが、住宅着工件数をよくチェックしておけば、リーマンショックは予見できたことになる。
 またリーマンショック後に住宅着工件数が底を打つのと同時にダウ平均も上昇に転じた。住宅指数は株価の先行指標になっていると考えてよい。
 同様に、中古住宅販売件数がピークを打ったのは2005年8月である。その後2009年までほぼ一貫して下がり続けている。ただし、中古住宅については、新築の住宅着工件数ほどの回復を見せていない。新築の着工件数の伸びと中古住宅の販売件数の伸びに乖離が生じているのは、住宅の不良債権問題がまだ解決していないことを暗示している。

 リーマンショック直後は、米国政府やFRBの機動的な対応で金融パニックを回避することはできたが、住宅価格の下落によって悪化した家計のバランスシートは痛んだままだ。雇用が安定し、経済の回復が鮮明にならない限り、銀行は住宅ローンの貸し出し増加には踏み切れないだろう。
 住宅が景気の足かせとなっている状況は、件数のデータに加えて価格のデータを見るとよくわかる。

 図3はS&Pケースシラー住宅価格指数のグラフである。同指数は、全米の主要都市における住宅の再販売価格を指数化したもので、スタンダード&プアーズ社が毎月最終金曜日の午前9時に発表している。

 ケースシラー住宅価格指数がピークとなったのは、住宅着工件数と同じ2006年の1月。その後、2009年5月まで下落が続き、その後一時持ち直したかに見えた。だが2010年6月以降、再び下落に転じている。
 件数は伸びているものの、価格が抑えられているため、バランスシートの健全化にはまだ寄与していないことがわかる。4月の指数はプラスに転じているが、住宅価格が底を打ったのかを見極めるにはもう少し時間が必要だ。

マネタリーベースの増加は今のところ有効に作用している
 最後に紹介するのはマクロ経済学の重要な指標でもあるマネーストックとマネタリーベースである。特にリーマンショック以後、FRBは積極的にバランスシートを拡大させており、従来の中央銀行のパラダイムを大きく転換させた。中央銀行の資産についてこれほど注目が集まったことは歴史上なかったことである。
 図4はマネタリーベースとマネーストックおよびダウ平均株価の過去10年の推移を示したグラフである。


 中央銀行が民間金融機関に直接提供した通貨の総額がマネタリーベースである。FRBは2008年7月以降、積極的に資産の買い入れを行い市場にマネーを供給し続けている。マネタリーベースは2008年7月から現在までの間に約3倍に拡大している。

 マネタリーベースを増やしても信用創造が行われて市場に資金が出回らなければ意味がない。信用創造によって最終的に市場に出回った通貨の総額がマネーストック(マネーサプライ)である(日本はマネタリーベースを増やしてもマネーストック増えないという状況が続いている)。
 FRBの積極的な緩和政策によって、100年に一度の危機にも関わらずマネーストックはプラス成長が続いている。ただし伸びのペースにはムラがあり、人為的に操作された市場であることをよく表している(マネーストックがこのような不安定な動きを見せるというのはこれまでにはなかったことだ)。またマネーを過度に供給する弊害はいつかインフレという形で顕在化する。一方で、住宅価格は横ばいが続いており、デフレのリスクにも警戒しなければならない。

 リーマンショック以降、FRBの政策は有効に作用しているように見える。だが、バーナンキ議長の舵取りが完全に成功したとみなされるためには、住宅価格と出口戦略の結果を待たなければならない。

(この記事はこれが最終回です)

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