戦慄のロボット技術-全産業で地殻変動が始まっている

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 ロボット技術が世界の産業構造に巨大な地殻変動を引き起こそうとしている。
 日本ではロボットというと人型ロボットや工場に設置されている産業用ロボットをイメージしてしまうが、ここでいうロボットは少し違う。ロボットというよりも人工知能的な能力を持ったソフトウェアやロボット技術をインテグレートした製品のことである。日本はロボット技術に優れていると言われてきたが、予想外のスピードでロボット技術は産業に浸透し始めている。ここで戦略を誤ると日本のロボット技術までもがガラパゴス化しかねない。ロボット技術と関連企業の動向を追った。

紙とペンの時代は終わったのか?

  米国ジャーナリズムの世界ではシカゴのとあるベンチャー企業がちょっとした話題になっている。
 2010年に設立されたばかりのナラティブ・サイエンス(非上場)という会社は、新聞記事を自動作成するソフトウェアを開発した。すでに経済誌フォーブスには同社のソフトが作成した記事が配信されているという。

 今のところ株価やスポーツなど、数字を中心に事実関係のみを伝える記事が対象だが、これまで完全に人間の作業と思われていた領域に、とうとう実用レベルのロボットが進出してきたのである。

ネット企業の命運を左右するロボット技術
 このニュースには二つの意味がある。ひとつは従来から語られていることだが、ロボットが人間を置き換えてしまうことによって、十分な雇用を確保できなくなるという経済的側面。
 もうひとつは、大量の個人情報を活用したビジネス形態(ビックデータを活用したネットビジネス)がこの技術によってさらに拡大し、人々の生活に大きな影響を与えるかもしれないいう社会的側面である。

 ロボット技術がネット・ビジネスに与える潜在的な影響は甚大である。米グーグル(NASDAQ:GOOG)、米アマゾン・ドット・コム(NASDAQ:AMZN)、楽天(JASDAQ:4755)といったネット企業は、これまで個人の趣味志向をいかに把握し、それにあわせた広告や商品をどのように提供するのかに知恵を絞ってきた。

 しかし、コンテンツを自動作成できるエンジンが普及すると、すべてのユーザーが個別に作成された文章を受け取ることができるようになる。
 例えばオバマ大統領が進める国民皆保険制度に関する同一のニュースであっても、リベラル系の人には好意的な内容で、保守系の人には否定的なニュアンスでコンテンツを配信することになる。さらにこれを一歩進めれば、特定の商品やサービスを購入したくなるように、意図を持ったニュースをユーザーごとに作成して配信することも可能になるのだ(一種のマインドコントロール)。

 ナラティブ社は非上場のベンチャー企業なので一般投資家は株を購入することができないが、数年後にはこのようなロボット関連企業が次々IPOし、証券市場の話題となっているかもしれない。またネット企業大手にとっても、ロボット技術の動向が今後の事業展開を大きく左右することになるかもしれない。
 ネット企業はユーザーの信用でその価値が維持されるという「通貨のような存在」(ITアナリスト)である。ロボット技術の活用に失敗すれば、これまでに獲得した市場シェアを一気に失う可能性もあるのだ。

金融の世界ではロボットはもはや当たり前の存在に
 金融取引の世界では、ロボット技術はすでにポピュラーな存在となっている。短期売買を中心とする機関投資家の世界ではアルゴリズム取引きと呼ばれるロボット技術を使った取引きはもはや当たり前の存在である。
 あるニュースが発表されると、現在の自分のポジションや報道されるニュースの影響、他の投資家のポジションなどをロボットが瞬時に分析し、最適な取引きを自動で行うといったことが行われている。

 この動きは個人投資家にも広がりつつある。
 マネックス証券(東証1部:8698)は2012年2月からロボットが考えた投資判断をメールで配信するサービスを開始している。カブドットコム証券(東証1部:8703)は、個人投資家がロボット取引きに参入できるよう、システムAPI(取引システムを制御するための仕様)の公開を2012年4月から開始している。

 プロ向け投資情報の世界でも動きがある。日本IBM(NYSE:IBM、日本法人は非上場)。は2012年6月、ISM製造業景況指数などの経済指標をロボットが予測する新しい分析システムを発表した。
 ISM製造業景況指数は、米国サプライチェーンマネジメント協会が毎月発表している重要な経済指標で、企業の購買担当者へのアンケート調査をもとに作成される。IBMでは、購買担当役員がアンケートを回答する際に日々のニュース記事に影響を受けるという仮説を立て、ニュース記事の分析と報道が回答者に与える影響をモデル化した。これによってアナリストによる事前予測と同等の精度でロボットが経済指標を予測できるようになったという。
 先に触れた経済ニュースの自動作成ロボットと組み合わせれば、アナリストとジャーナリストの両方の仕事をロボットに代替させることが可能になる。さらに最近精度が著しく向上している自動翻訳エンジンが加わることによって、国境のカベを完全に超えたグローバルな情報サービスが出現してくる可能性もある。

システム構築運用のビジネスが激変する
 IBMは経済指標の予測というニッチな分野で事業を拡大したいのではない。
 IBMはコンピュータ・メーカーであり、ビジネスの主戦場は企業基幹システムの分野だ。同社がロボット技術を開発する真の狙いは企業向けシステムの分野で革命を起こすことである。

ロボット技術を搭載したIBMの新製品

 同社は、2012年4月からシステムの運用業務をロボット化し、自社のハードウェアに組み込んだ製品の販売を開始している。企業の基幹システムをトラブルなく運用するためには、現場で働くエンジニアの長年のノウハウが必要とされていた。システムに障害が発生する予兆をすばやく発見し、トラブルになる前にデータを退避したり、予備のマシンを稼動させたりする必要がある。

 同社ではこのようなノウハウとその対処実務のほとんどをロボット化し、自社のハードウェアに組み込んで提供するというまったく新しいコンセプトの商品を開発した。理論的にはシステムの管理を行う専門的なエンジニアがいなくてもシステムを管理運用できることになる。

 この技術の登場は、企業向け情報システムの業界秩序を根本的にひっくり返してしまう可能性を秘めている。
 企業の基幹システムという極めて重要度が高く、高度な運用ノウハウが必要とされるインフラであっても、ロボット技術の普及によってたちまちコモディティ化してしまう。そうなるとロボット技術を持った企業にすべてが集中してしまい、それ以外の企業は生き残ることが難しくなる。

 これまでIT分野には一切投資をしてこなかったウォーレン・バフェット氏が自らの投資会社であるバークシャー・ハザウェイ(NYSE:BRK-ABRK-B)を通じてIBMに巨額の投資を実施したのにはこのような背景があると考えられる。

 運用のロボット化によってもっとも大きな影響を受けると思われるのが、システム・インテグレータと呼ばれる業種だ。
 システム・インテグレータはシステムの構築や運用を一手に請け負うサービス会社だ。顧客の要望に応じて適切なハードやソフトを調達し、システム完成後はその運用も請け負う。
 最近はハードウェアやソフトウェアの価格低下によってシステムの導入ではあまり儲からなくなってきた。システム・インテグレータの多くは「運用を請け負うことで利益を出している」(中堅システム・インテグレータ幹部)というのが実態だ。だが、IBMのような自動化サービスが普及してしまうと、システム・インテグレータが利益を確保できる分野がなくなってしまう。
 この業界は企業の絶対数が多く、合理化が進んでいないといわれていたが、最後の砦である運用業務での利益率が低下することで「いよいよ業界再編が始まる」(証券会社M&A担当者)との見方も出てきている。
 ちなみに、システム・インテグレータという形態で巨大企業が多数存在しているというのは日本特有の現象である。米国では、企業が情報システムを別の会社に丸投げすることは少なく、メーカーに直接発注することも多い。この業界全体がいわばガラパゴスなのだ。業界最大手のNTTデータ(東証1部:9613)をはじめとするこの業界のリーディング・カンパニーの動きや、投資ファンドの動向には注目しておく必要がある。

ロボット技術を支える泥臭い現場力
 これまで紹介してきた新技術のほとんどが米国発である。ロボット技術の分野における日本の技術力はどうなっているのだろうか?
 最先端をいっているはずの日本の技術が世界市場で通用しないのは、日本企業の「品質や性能に対する根本的な誤解」(外資系IT企業エンジニア)が背景にあるという。
 IBMのシステム運用ロボットの技術は突然開発されたものではない。ここ10年くらいIT業界では試行錯誤が繰り返されて実用レベルに達してきたものであり、IBMはそれを製品化したに過ぎない。自立的にシステムを運用する技術は、米グーグルなどシステムを運用する側(IBMから見れば顧客企業側)で発達してきたものだ。

フェイスブックのサーバールーム

 例えばグーグルは、全世界で100万台を超えるサーバーを運用しているといわれている。
 サーバーの故障率を仮に1%とすると年間で1万台も故障する計算になる。30台近くが毎日壊れ続けるのである。だが故障率を0.1%の高品質のサーバーを購入しようとすると価格は10倍にも20倍に跳ね上がってしまう。
 同社は壊れないサーバーを購入するのではなく、次々と壊れることを前提にシステムを設計することにした。全世界のサーバーをリアルタイムで管理するためのソフトウェアを自社開発し、故障の兆候を発見すると、そのデータを自動的に他のサーバーに送り、そのサーバーは修理もせず放棄してしまう。
 マイクロソフトも同様のシステムを導入しているといわれている。サーバー数十台をひとまとめにしたユニットとして管理し、その中のサーバーの故障を事前に予測し、故障台数が一定数を超えそうになったら、データを自動的に退避してユニットごと捨ててしまう。
 フェイスブック(NASDAQ:FB)やセールスフォース・ドットコム(NYSE:CRM)といった大量のサーバーを運用するネット企業の多くが同様のシステムを導入しているといわれる。
 システム運用のロボット化はこのような現場での試行錯誤から生まれてきた泥臭い技術である。
 日本はいつのまにか技術力の高さに慢心し、きれいな実験室で高価なものばかり作るようになってしまった。「品質や性能はきれいな実験室ではなく、泥臭い現場が決めるという基本を忘れかけているではないか?」(前出のITエンジニア)。その意味でグーグルやIBMといった米国企業の方が、油にこそまみれてはいないが、よほど泥臭いモノ作りの会社なのかもしれない。

米国主導で進むロボット技術の応用。試される日本人の民意
 その意味で、日本が他国を圧倒的にリードしているといわれる人型ロボット(ヒューマノイドロボット)は非常に危うい技術であるといえる。
 ホンダ(東証1部:7267)のASIMOに代表されるような人型ロボットは、非常に高度が技術が必要であり、その動きの愛らしさからデモンストレーション効果も大きい。だが、人型ロボットをどの分野に応用するのかという話になると、ほとんどが「介護用途」「博物館の案内」といった類のものにとどまっている。福祉用途や顧客案内用途にも一定の市場規模はあろうが、国の基幹産業となるものではあるまい。
 多くの関係者が口に出して言わないが、人型ロボットの最大のマーケットは「軍事用途」だといわれている。「既存の武器や車両がそのまま使えて、死んでも構わない兵隊がいるなら、世界各国の軍隊が欲しがるはず」(ロボット開発に従事する研究者)。
 軍事マーケットは安全保障の問題と深くリンクするため、市場メカニズムだけでは通用しない世界だ。もし人型ロボットを国の基幹産業にするならば、武器輸出3原則などの解釈運用をどうするのかといったデリケートな問題についても明確なコンセンサスを形成しておくことが不可欠となる。平和憲法を持ち、自衛隊を軍隊とは呼んでいない日本がロボット兵士技術の先進国とは何とも皮肉な話である。

 人型ロボットの用途がはっきりしない中、諸外国では実用的軍事ロボットの民間転用の動きが着々と進んでいる。
 オバマ大統領は2012年2月、連邦航空局(FAA)の支出法案に署名した。この法案は無人機を全米で飛行可能にするためのもので、2015年から民間でも無人機を本格的に利用することができるようになる。

福島原発を撮影した無人機グローバルホーク

 無人機とは、人が搭乗することなく運用させることができる飛行機のことで、アフガニスタンではジェネラル・アトミックス社(非上場)製の「プレデター」がすでに多数実戦配備されている。
 アフガニスタンでは多数のテロリスト(もしくはテロリストとみなされた人)が無人機によって暗殺されているともいわれる。
 福島原発の事故の際には、米ノースロップ・グラマン社(NYSE: NOC)製の「グローバルホーク」と米ハネウェル社(NYSE:HON)製の「T-ホーク」が米国によって投入され、原子炉建屋の写真が公開されたことでも話題になった。

 無人機を民間に開放することについては、プライバシーや人権問題など解決しなければならない課題も多い(米国の人権団体は無人機の民間開放について懸念を表明している)。だが、米国政府が無人機の商用利用に舵を切ったことで、世界的にこの動きは加速するものと思われる。
 オバマ大統領の署名を受けて米国の無人機メーカー業界団体は「先見の明を高く評価したい」(同団体CEO)と賛辞を述べている。だが、オバマ政権や議会が無人機の民間利用を急ぐ背景には、米国の国防予算の削減で軍需企業が苦境に陥っているという台所事情もある。このような政治的背景は日本への購入圧力といった形で顕在化してくる可能性もある。

 日本にはヤマハ発動機(東証1部:7272)やヒロボー(非上場)といった無人ヘリの分野で高い技術力を持つ会社がある。だが、法整備や外交交渉などの面などで出遅れれば、この分野においてもガラパゴス化が進み、せっかく蓄積した技術を世界市場で生かせない可能性も出てくるのだ。
 ロボット技術は産業のあらゆる分野に浸透してくる可能性が高い。あまり目立たないが、各産業にボディーブローのように効いてくるだろう。この新しい技術をどのように理解し活用するのか?政府の対応といったレベルではない、日本人の民意そのものが試されている。

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