アップル株の未来

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 驚異的な水準まで上昇したアップル株の今後に市場の注目が集まっている。同社が発表した配当復活のニュースは上昇鈍化のサインなのか、それとも豊富な手元資金を使った次の手が隠されているのか?IT業界は、これまで集中と分散を何度も繰り返し、そのたびに覇権を握る企業が変化してきた。IT業界の覇権争いと株価の動きを30年にわたってトレースし、アップル株の今度について考えてみた。

googleのタブレット端末「Nexus 7」

 このところ、タブレット端末をめぐる競争が激化している。米マイクロソフトは2012年6月18日、独自のタブレット端末「Surface」を発表した。
 同社はもともとソフトメーカーなので、自社の顧客であるハードメーカーと競合するような商品はこれまで積極的に開発/販売してこなかった。だが、今回はハードも含めた独自製品の投入であり、同社の戦略を大きく変える商品となった。

 同社は6月に製品発表を行ったものの、日本を含めた海外展開のスケジュールや商品の価格など詳細については発表時点で明らかにしていない。背景には、なるだけ早く発表して市場の注目を集めたいという同社の意向があると考えられる。
 マイクロソフトの発表から10日後、今度は米グーグルは2012年6月28日、同社製OS(基本ソフト)Androidを搭載したタブレット端末「Nexus 7」を発表した。「Nexus」の価格は最も安いモデルで199ドルとかなり安く、市場では「戦略的な価格設定を行った」(国内電機メーカーエンジニア)との見方が多い。
 
 各社がタブレット端末の新製品についてこれほど力を入れる背景には、当然のことながら米アップルの存在がある。現在のところスマートフォン市場とタブレット端末市場ではアップルの独走状態が続いている。
 昨年末に400ドル前後だった同社の株価(NASDAQ:AAPL)は高騰し、4月には一時600ドルを超える場面もあった。マイクロソフト(NASDAQ:MSFT)とグーグル(NASDAQ:GOOG)が戦略的製品を投入したことで、アップルが今後、どのような製品ロードマップを示すのか市場関係者は注目している。

 500ドルを超える同社の株価水準については「高すぎる」(国内機関投資家)という見方と「まだまだ割安で1000ドルを超えてもおかしくない」(独立系ファンドマネージャ)という両極端な見方が混在している。
 同社は2012年3月、17年ぶりに配当を実施することを発表したが、これについても、株価上昇余地が限られてきたことの表れとみる向きがある一方で、さらに高い株価を正当化できる材料が登場したとう解釈も存在している。
 同社の株価推移については、今後の製品ロードマップに大きく依存するわけだが、本誌では少し見方を変え、IT企業における長期的な覇権争いの構図と株価の推移から同社の株価について考えてみたい。

過去30年のIT業界の流れを俯瞰してみると
 ITの世界は、従来型の産業に比べて参入障壁が低く、国ごとの違いも少ないため、極めて高いレベルのグローバルな競争市場が成立する。そこでは、各社が全力を挙げてシェア確保に取り組むため、企業の覇権もめまぐるしく変化することになる。
 図1はIT業界における主要企業の過去30年にわたる株価推移を記載したものである。株価の上昇が著しいので株価は対数表記してある。


 現在のようなIT市場が確立するのは1980年代以降だが、それまでITの分野において絶対的な存在感を示していたのが米IBM(NYSE:IBM)である。
 IBMはコンピュータが発明されるよりもはるか以前から存在している。戦前は伝票処理などに用いる手回し式の計算機を開発販売していた。戦前の日本が国策企業として力を注いだ満鉄(南満州鉄道)では、当時世界最先端であったIBMの伝票処理機を導入している(日本軍国主義の象徴であった満鉄の基幹システムが米IBM社製というのはある種の真実をよく体現している)。
 同社は戦後、コンピュータの開発に出遅れるものの、1964年にSystem360という現在の汎用コンピュータの原型となる製品を発表しこの分野でのリーダーとなった。

 その後同社は躍進を続け、80年代の後半までIT業界の王者であり続けた。1960年代に2ドル前後であった株価(現在の価値を基準に計算)も1980年代の後半には20ドルを超えるまでに上昇している。
 当時のコンピュータは垂直統合型(集中型)の産業モデルであった。1つのメーカーが製品のコンセプト立案からハード、ソフトまでを一括して開発/販売するというものだ。

PCの登場でIBMの独占市場が崩壊
 IBMの寡占状態となっていたIT市場に大きな変革を巻き起こしたのが、PC(パーソナル・コンピュータ)の登場である。PC関連企業の代表がアップルとマイクロソフトの2社だ。
 パソコンは80年代から90年代の前半に急速に普及し、両社の株価も大きく上昇した。当時まだベンチャー企業であったアップルは8年間で約7倍、マイクロソフトは10年間で約60倍と驚異的なパフォーマンスを見せた。
 PCの時代の特徴は水平統合型(分散型)の産業モデルである。メーカーはある得意分野に集中し、利用者はそれを自由に組み合わせて利用する。これによって価格が劇的に下がり、業界秩序が激変したのである。

 このあおりを受けたのが、垂直統合型の象徴であったIBMであった。同社は創業以来の苦境に陥り、マッキンゼー出身のルイス・ガースナー氏を外部からCEOとして迎え入れ、大リストラを敢行するとともにビジネスモデルを抜本的に改革した。
 これによって株価は持ち直し、株は7年で10倍になった。一方、水平モデルの象徴であったアップルだが、マイクロソフトとのシェア争いに破れ、株価が低迷する時代が続いた。

ネットバブルの崩壊をきっかけに集中型のビジネスモデルに回帰
 水平統合モデルの時代は2000年前後のネットバブルまで続くのだが、その後、IT業界のビジネスモデルがまた大きく変化する。先鞭をつけたのはIBMとアップルである。
 一度水平分業になったIT業界の産業構造をまた垂直統合に戻り始めたのである。ITが社会に普及し一種のコモディティになりつつある中、システム全体としての付加価値を高めるには、垂直統合で特徴を出した方が有利になってきたのだ。

 業務用システムではIBMが付加価値の高い製品を投入するとともに、コンシューマ向けの分野ではアップルがiPhone、iPadという画期的な商品を市場に投入した。
 スマートフォンやタブレット端末はパソコンと異なり、1社が独自色を出して開発する方が有利な商品である。水平分業型に特化していたマイクロソフトはここで大きく出遅れることになる。アップルは水平分業型だったが、マイクロソフトとの戦いに敗れたことで、逆に垂直統合モデルへの転換をすばやく進めることができた。マイクロソフトに完膚なきまでに打ちのめされなければ、アップル創業者であるスティーブ・ジョブズ氏がCEOに復帰することも難しかっただろう。

 マイクロソフトは既存の顧客の乗り換え需要があるため、足元の経営にはまったく問題はないものの、将来性という意味では市場から高い評価を受けなくなった。同社は巨額の内部留保を活用して2003年から配当を開始したが、株価は2000年以降横ばいが続いている。
 アップルの株価は2005年からの約7年間で10倍に上昇している。コア事業が検索エンジンと多少分野が異なるものの、アップルに近いスタンスのグーグルも5倍近くの上昇だ。

アップルの手元資金は減る見込みがない
 長期の株価推移を見ても分かるように、ITの業界は基本的な産業構造を常に自己変革させながら成長してきた。
 ひとつのモデルは7年から10年のスパンで発展し、その後、別のモデルに取って代わられている。今後も同じような展開となるのかは誰にも分からないが、垂直統合型のモデルがそろそろ頭打ちになり、水平分業型の新しいモデルを打ち出す企業が躍進してくることになると、アップルの株価も成長が鈍化する可能性がある。

 だがアップル株にすでに投資している投資家やこれから投資するという投資家も、同社株に対してそれほど悲観的になる必要はないだろう。仮に今度の成長性に疑問符が付き、株価の上昇スピードが鈍化したとしても、17年ぶりに再開する配当によって株価が下支えされる可能性が高いからだ。
 アップルの総資産は約9.3兆円ある。これはマイクロソフトやIBMとほぼ同じ水準である(図版2)。だが、同社の手元資金は6.5兆円と他社を圧倒している。

 しかも同社は来期の決算は今期を大きく上回ることがほぼ確実で、その結果内部留保はさらに増えることが予想される(ちなみにソニーの総資産は13.3兆円。これに対して手元資金は1.5兆円にすぎない。時価総額にいたってはソニーはアップルの40分の1だ。米国IT企業の収益力の高さは際立っている)。

 570ドルという現在の株価を基準にすると、予想される配当利回りは1.85%になる。2011年9月期決算における当期利益の38%を費やすことになるが、来期以降の業績が拡大することを考えると、この水準の配当を継続することは十分に可能だ。むしろ、厚い手元資金は、配当と自社株買いを行っても十分に活用できない可能性が高い。
 そうなってくると次の手は積極的なM&Aということになる。同社はM&Aによる業容拡大については何もコメントをしていないが、市場から手元資金の活用をより強く求められてきた場合には、当然選択肢に入ってくるだろう。

アップルとマイクロソフトはIBMになるのか?
 これはマイクロソフトにとっても同じことである。同社は抜本的なビジネスモデルの転換は行っていないが、好業績は維持しているため、十分な配当を継続することができる。だが同社の株がさらにもう一段上昇するためには、豊富な手元資金を活用した新しい事業が必要となる。
 IBMは一度会社が傾いたが、積極的なビジネスモデルの転換で常に時代のリーダーであり続けており、株価もそれを反映している。

 アップルの株価には不安材料は少ないが、さらにもう一段の上昇が可能なのかは十分に見極めることが必要な時期に入っているといえるだろう。豊富な手元資金をフル活用して、次の10年にも通用するビジネスモデルを確立することができれば、手元資金を減らしながら、アップルの株価はさらに上昇するだろう。過去のIBMの株価の動きを見れば、アップルの株価は1000ドルを超えてもまったく不思議はない。
 一方で、同社のビジネスモデルがそのままであれば、安定的な配当を実施する優良だが面白みのないオールドカンパニーとして市場から認識されることだろう。どちらが投資家にとってよいことなのは何ともいえない。


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