ピケティ理論を日本で検証

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 フランスの経済学者トマ・ピケティの著書「21世紀の資本」が異例の大ヒットとなっている。700ページを越す学術書であるにも関わらず、米国をはじめ世界各国で飛ぶような売れ行きだ。地味な書籍がこれほどの話題となった背景には、格差問題に対する意識の高まりがあると考えられる。
 同書では、歴史的に資産の収益率が所得の伸びを上回っており、これによって富を持つ人とそうでない人の格差が拡大すると指摘している。今後は世界的な低成長によって所得の伸びが減少することになるため、資産格差もさらに拡大していくというのがピケティの予想である。

格差を作り出す『r>g』の法則
 21世紀の資本では、過去の膨大な歴史データを駆使して、富の蓄積や分配がどのように行われてきたのかを実証的に示している。本書によると、歴史的に見れば、いつの時代も、資産の収益率(r)が所得の伸び(g)を上回っており、これによって富を持つ人とそうでない人の格差が広がっているという。

 本書によると、第1次大戦と第2次大戦があった一時期を除くと、過去2000年間において、資産収益率は常に経済成長率を上回っている。所得の伸びは基本的に経済成長と同じと考えてよいので、資本家とそうでない人の格差は縮小しないということになる。

 ただ、本書で示された事例は、過去2000年というあまりにもスケールの大きなものであることから、なかなか生活実感とは結び付きにくい。そこで本誌は、日本市場に焦点を絞り、明治時代からの過去100年間のスパンで資産収益率がどう推移してきたのか検証してみた。

日本経済100年にあてはめてみると
 資産の収益率を考える場合には、どこまでを資産として定義するのかで結論は大きく変わってくる。ひとくちに資産といっても様々な種類があり、収益率もバラバラである。銀行預金の利子とリスクの高い株式では当然、収益率は異なってくるし、不動産などの実物資産から得られる収益率も物件によってかなり差がある。

 ピケティは、マクロ経済的な意味での総資産から負債を引いたものを資産と定義しているようである。つまり、実物資産も含め、あらゆる資産を総合したものが評価対象となっている。ここでは、イメージしやすいように、株式に限定して資産収益率を計算した。所得については、国民経済計算における国民所得の数値を用いている。
 株式投資から得られる収益は、株価の値上がり益と配当収入の2つがあるが、毎年の株価上昇率に配当利回りを加えたものを株式からのリターンとした。

 戦後は株式市場が整備されており、株価や配当のデータを容易に入手できるが、戦前については、配当率が不明な時期もある。その場合には、前後の値からおおよその数値を推定している。また、戦前は統一した株価指数がないことから、簡易的に株価の連続データを作成し、年ごとの上昇率を計算した。株価は上下変動が激しいことから、10年間の移動平均値を用いている。

基本的に資産収益率の方が高い
 図1は、戦前における資産収益率と所得の伸びを比較したグラフである。ほとんどの時期において、資産からの収益率が、所得の伸びを上回っていることが分かる。ピケティが主張する格差が恒常的に生じていたことになる。
 グラフ中で所得の伸びが著しく上昇している部分あるが、これは大正時代に発生した第1次大戦バブルである。欧州からの戦争特需で日本経済は空前の好景気となり、所得も爆発的に伸びた。これによって、一時的に、所得の伸びが資産収益率に匹敵する状況となったが、あくまでこれは例外である。


 その後しばらくの間は、資産の収益率が所得の伸びを上回る状況が続いていたが、これを一変させたのが、昭和恐慌と戦争経済である。第1次大戦バブルの崩壊で日本経済は長期デフレに突入し、昭和恐慌を経て、その後は、戦争による国家統制経済に移行することになる。資産からの収益率は低下することとなり、終戦近くには所得の伸びとほぼ同じレベルで推移している。戦争が格差を縮小したというピケティの主張を裏付けるものだ(無理な戦費調達による極度のインフレで日本経済は破壊されてしまったが)。

 では戦後はどうだったのだろうか。図2は戦後における同様のグラフである。戦後も基本的には資産収益率が所得の伸びを回っている。日本が高度成長を経て成熟国家になるにしたがって成長率が低下し、所得の伸びも鈍化することになった。その結果、バブル経済期には、資産収益率と所得の伸びの乖離が激しくなっていることが分かる。この時期、資産家は大いに得をしたはずである。


失われた20年は格差が拡大しなかったが・・・
 戦後の期間で唯一、収益率が逆転しているのが1990年後半からの「失われた20年」である。デフレの時期は資産価格の下落が激しく、トータルの資産収益率は一時マイナスに転じている。その結果、デフレで給料が下がっているとはいえ、所得の伸びが資産収益を上回るという状況が発生することになった。つまりデフレは格差を縮小させる効果があるということになる(現在、日本で指摘されている格差は、貧困率の上昇など、下方向への格差であり、資産による格差とはまた別の種類である)。

 もっとも、こうした状況は大きく変わりつつある。アベノミクスのスタートで日本の資産価格が上昇を始めたからである。
 資金循環統計によると、アベノミクスがスタートして以降、家計金融資産のうち、現預金は3.6%しか増加していないのに対し、株式・出資金は1.8倍に増大した。日本で株式投資を行っているのは、基本的に富裕層だけなので、この間に、富裕層と中間層以下の格差が大幅に拡大した可能性が高い。

 アベノミクスは基本的にはインフレ政策なので、このままアベノミクスが成果を上げ続けた場合、資産を保有する層と保有しない層の格差はさらに拡大していくことになるだろう。

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