官製コーポレートガバナンス強化策の行方

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 官製コーポレートガバナンス強化策の行方
Share on Facebook

 日本の企業統治(コーポレートガバナンス)をめぐる状況が急展開を見せている。
 きっかけはアベノミクスの成長戦略にコーポレート・ガバナンス強化策が盛り込まれたこと。最大の機関投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、この動きを受けて、投資先企業への関与を強化する行動規範(スチュワードシップ・コード)導入を表明した。生命保険各社も「モノ言う株主」として、配当の増額などを求めていく姿勢を明らかにしている。

 日本企業は長年にわたってコーポレートガバナンスが脆弱であると指摘されてきたことを考えれば、株主権限を強化する動きが出てきていることそのものは前向きに評価してよいだろう。
 だが、これまで頑なに株主としての権利行使を拒んできた日本の機関投資家が、急にスタンスを変更した背景には、株価対策に加えて、瀬戸際まで追い込まれた年金財政という問題がある。一種の官製ガバナンス強化策であり、危うさをはらんだものといえる。

安倍政権の方針に対して公的年金が即座に反応
 安倍首相は2014年6月、経団連の会合で講演し、コーポレートガバナンスを成長戦略の一つとして位置付ける方針を明らかにした。その後、まとめられた成長戦略には、企業統治の強化や社外取締役の活用などが盛り込まれた。

 この動きに敏感に反応したのが公的年金である。公的年金を運用するGPIFは、投資先企業への関与を強化するための行動規範(スチュワードシップ・コード)導入を表明した。GPIFがこれを導入すれば、年金基金など他の年金関連の機関投資家が追随ことはほぼ確実である。

 また日本生命や第一生命など生命保険各社も「モノ言う株主」として、配当の増額などを求めていく姿勢を明らかにした。配当性向が低い企業や、黒字であるにもかかわらず無配となっている企業については、企業の実態を詳細に調べた上で、企業に対して説明を求ていくという。

株主総会の開催日も見直しへ
 株主重視という観点から、株主総会の開催時期についても見直しが進んでいる。経済産業省は6月に集中している株主総会を7月以降などに分散して開催するよう促す方針を固めた。有識者会議を設け、7月以降にも開催できることなどを示していくという。

 現在、上場企業の株主総会は6月下旬に集中しており、機関投資家から議案を十分吟味できないという不満の声が高まっていた。総会を分散開催させることで、多くの株主が総会に参加できるようにする。
 また、コーポレートガバナンスに関する具体策を検討する有識者会議が2014年8月から金融庁で始まっており、複数の社外取締役の設置や株式相互持ち合いの制限などについても検討が始まっている。

 日本の上場企業はコーポレートガバナンスが徹底されておらず、経営の透明性が低いという問題はかねてから指摘されており、外国人投資家が、積極的に日本株に購入しない要因のひとつにもなっていた。

 上場企業の経営者の多くは、従業員から年功序列で昇進した人物であり、本当の意味で経営責任を果たせる人物ではない。また株主が経営に口を出すことは日本ではタブー視されており、機関投資家が議決権を行使することはほとんどなかった。こうした環境では、経営者は誰からの監督も受けないことになり、経営の透明性は低下する。

 著名投資家であるウォーレン・バフェット氏も、間接的に買収するといった特殊な事例を除いては、原則として日本企業に投資しない。バフェット氏は、リップサービスが上手なので、日本人に対しては決してその理由を語らないが、日本企業の透明性の低さを問題にしている可能性は極めて高い。

株主の権限強化を望まない日本社会
 日本企業のガバナンスが弱いことは、株主の権限行使に対する社会的批判が根強いことと強く関係している。2000年前後にも同じような議論があったが、モノ言う株主は激しく社会から糾弾され、日本のガバナンスはむしろ後退したといってもよい。

 株主総会の同時開催も同じ理屈である。1980年代、総会屋対策と称し、官民を挙げて総会に株主が出席しにくくなるよう、わざと株主総会を集中させてきたというのがこれまでの経緯である。本来であれば、総会屋に対しては毅然とした態度を取ることで対処すべきところ、株主の行動を制限するという本末転倒な施策を続けてきた。

 株主総会に参加させる人数を少なくしようという行為は、株式会社の本質からしてマイナスが大きいという一部の良識的な指摘は、当時、ほとんど顧みられることはなかった。

一種の官製ガバナンス強化策
 日本の上場企業は、現在でもガバナンス強化には消極的だ。モノ言う株主に対する社会的な批判も相変わらずである。だが、ここにきて、ガバナンス強化の動きが官の側から出てきているのは、日本市場が衰退し、良質な外国人投資家が日本市場から去ってしまったことに加え、年金財政がギリギリまで追い込まれているからである。

 GPIFは現在126兆円ほどの資金を運用しているが、年金の徴収よりも給付の方が大きく、運用資金は毎年3兆円から4兆円ずつ流出している。単純計算であと30年から40年で運用原資が底をついてしまう状況なのだ。従来のような国債中心の運用では、年金給付を大幅に削減しない限り、運用原資がなくなってしまう可能性が高い。

 株主としての権限を行使し、配当を増額させたり、ROE(株主資本利益率)を向上させれば、GPIFの運用パフォーマンスを高めることができる。またガバナンス強化を打ち出せば、外国人投資家が日本株に対して積極的になる可能性もある。一連のガバナンス強化策は、こうした抜き差しならない事情によるものなのである。

市場メカニズムによらない危うさ
 今回想定されているガバナンス強化策がすべて実施されれば、企業の光景は一変する可能性がある。業績はさらに上向き、株価も上昇するだろう。生産性も向上するので、余剰人員のリストラが進む一方、残った社員の賃金は大きく上昇するかもしれない。

 事情がどうあれ、ガバナンスが強化され、世界的に見て低いといわれていた日本企業のROEが増加することはプラスに評価してよいことなのかもしれない。

 ただ、本来であれば、こうした企業と投資家の交渉は、市場メカニズムを通じて行われるべきものである。当事者にその意識が薄い中、官主導でこうした施策を強制しても、かつての護送船団方式と同じ結果に終わる可能性もある。

【関連記事】