年金株式シフトのリスク

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 年金株式シフトのリスク
Share on Facebook

 公的年金の運用環境が大きく変わろうとしている。これまで国債に偏っていたポートフォリオを見直し、日本株の比率を上昇させる。
 だが、その背景には安倍政権の株価対策としての側面も見え隠れする。運用に失敗した場合のルールなども定められておらず、十分な議論が行われたとは言い難い。

 また安倍政権は新しい成長戦略の中に、コーポレート・ガバナンスの強化を盛り込んだ。公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、機関投資家向け株主行動規範「スチュワードシップ・コード」の受け入れを表明している。公的な機関投資家がモノ言う株主に変貌した場合、場合によっては利益相反を起こすリスクも指摘されている。

政府は年金の株式シフトを急いでいる
 田村厚生労働大臣は2014年6月6日、公的年金の運用を行っているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に対し、運用方針の見直しを前倒しで実施するよう要請すると述べた。年金運用の株式シフトを進めたい安倍首相の意向を受けての措置である。

 年金の運用改革については昨年11月に、国債を中心とした従来型ポートフォリオの見直しを求める有識者会議の報告書が出ている。本来はこの報告書をもとにどのようなポートフォリオがよいのかじっくりと議論を重ねていくはずであった。

 だが、安倍政権としては足元の株価が足踏み状態となっていることから、議論の結果をゆっくりと待つような状況ではなくなっている。GPIFの運用委員長に就任した米沢康博氏は運用方針の見直しについて「政府から要請があれば、8月に発表する可能性もある」と発言しており、株式シフトは前倒しとなる可能性が高くなってきている。

すでに買いが始まっているとの見方も
 市場関係者の多くは、すでに公的年金による買いがスタートしているとみている。5月26日の週の東証の売買状況では信託銀行経由の買い越し額が2400億円だった。翌週以降も800億円から1000億円規模の買い越しが連続している。

 この時期に、銀行や生保などが大量に株式を購入するとは考えにくいので、信託銀行経由の買いのほとんどは公的年金によるものと考えられる。

 この間、個人投資家は一貫して株を売り越しているが、それまで売り越しが目立っていた海外投資家は、6月に入って公的年金の買いに合わせて買いを増やしているようだ。



株式市場には最大6兆円の資金が流入
 現在、GPIFは130兆円ほどの資金を運用しているが、このうち国内株式は約22兆円ほどで、全体の17%を占めている。残りは国債が55%、外国株が15%、外債が10%程度となっている。ポートフォリオの見直し後、具体的に日本株の割合が何%になるのかは分からないが、おおよそ20%~22%程度になるとの見方が多い。

 もし現在の運用残高が変化せず、日本株の割合が22%まで増加した場合、約6兆円の資金が株式市場に流れ込んでくることになる。2013年の東証の売買高は売りと買いが600兆円ずつで合計1200兆円程度なので、ここに6兆円の純粋な買い資金が加わることになると、株価には大きな影響があるはずだ。

 公的年金が本格的に株式の買い入れを進めているということが市場に伝わると、それに追随する投資家が一気に増えてくるからである。この動きがひとつの相場を形成してしまえば、一部の市場関係者が言うように、日経平均が1万8000円程度まで上昇しても何ら不思議ではない。


損失発生時のルールは未確定
 日本経済がインフレに転換する可能性が高まっている今、国債に偏った公的年金のポートフォリオを見直すことは合理的な判断といえる。だが、国民の老後の生活に直結する年金の運用を、ほとんど議論のないまま、リスク資産に振り向けてしまってよいのかについては疑問の余地がある。

 株式市場は好調な時期もあれば、そうでない時期もある。今のところは、日本株が大きく下落するリスクは少ないので、公的年金による買いは株価上昇をイメージさせる。この動きに追随する投資家が増えてくれば、実際に年金の運用パフォーマンスも向上するかもしれない。

 だが株価が下落に転じてしまった時には、運用に損失が生じる可能性もある。この時、どの程度まで損失を許容するのか、損切りをどうするのかといった部分についてはまったく議論されていない。実際に株価が下落し損失が発生してしまってから、想定外だったと言い訳しても遅いのである。

公的年金の経営関与は利益相反の可能性も
 また公的年金がモノ言う株主として経営に関与することについてもリスクがある。これまで日本は基本的に株主による経営への関与について否定的な社会であった。ところがここにきて、急に公的運用主体である年金が株主としての発言力を高めようとしている。

 安倍政権では企業に賃上げを求めている。だが賃上げは企業の利益減少要因であることから、株主にとっては不利益となる。一方で公的年金は大株主として企業の経営に関与しようとしているわけだが、場合によっては、根本的な利益相反を引き起こす可能性がある。政権の意向で株の買い出動が行われるのであれば、政権の意向で企業に賃上げを株主として要請することも考えられるからだ。

 マーケット主導で自然と機関投資家の日本株投資が進み、結果として株主の権利が強まるのであれば、それは歓迎すべきことである。だが、現在はその逆であり、官製相場と官によるコーポレートガバナンス強化である。こうした人為的な介入は短期的には効果を発揮するかもしれないが、長期的には市場そのものを弱体化しかねないリスクをはらんでいる。

【関連記事】