イノベーションと株価の関係(第1回)

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 技術革新(イノベーション)はしばしば大規模な相場上昇の原動力となる。歴史的に見ても、継続的な株価上昇期には画期的なイノベーションが伴っていることが多い。これをうまく捉えることができれば、投資のパフォーマンスを向上させる絶好の機会となるはずだ。
 イノベーションの普及過程については、経済学や経営学の分野である程度理論化されている。これらの理論は株式投資に活用することができるのか?株式市場の事例をもとに検証した。

イノベーション普及理論と株価
 技術革新(イノベーション)がしばしば著しい株価の高騰をもたらすことはよく知られている。2000年前後に発生したネット関連企業を中心とする世界的な株価の高騰は記憶に新しい。これ以外にも、歴史的に株式市場では技術革新による株価高騰が何度も観察されている。
 技術革新(イノベーション)がマーケットにどのように受け入れられるのかについて体系化したのが「イノベーション普及理論」である。
 イノベーション普及理論では、新しいプロダクトやサービスの普及率は通常S字カーブを描いて上昇し、16%前後の普及率を越えると急激にその速度が上昇するとされている。イノベーションに関連した株価の動きについても、S字カーブの動きと関連性が高いことが経験則的に知られている。図1はイノベーション普及理論におけるS字カーブと株価のイメージである。

 横軸が時間、縦軸が普及率である。普及率は時間と共にS字カーブを描く。普及率が16%を超えると急激に当該製品やサービスの認知が進む。株価の高騰は、普及が加速する前の離陸期、もしくは普及がかなり進んだ後の普及(後期)に見られることが多い。イノベーションに関連した銘柄に投資を行う場合には、普及率の進展をよく見極める必要があるとされている。

S字カーブを使った株価高騰の検証
 実際の株式市場においてS字カーブと株価に関連性は見られるのだろか?戦後の日本株について検証してみた。図2は戦後の主な工業製品の普及率推移と、関連銘柄のTopixからの乖離を示したチャートである。

 テクノロジー関連銘柄のTopixからの乖離が大きい時期は、その産業セクターのイノベーションが市場で積極的に評価されていることを示している。戦後の株式市場においてTopixからの大きな乖離が見られ、イノベーションによる株価高騰が鮮明となっていたのは、1955年から1960年、1965年から1970年、1995年から2000年の3つの時期である。バブル期のハイテク銘柄群は思いのほかTopixからの乖離が少ない。このことは、バブル期にはすべての株が上昇し特定のイノベーションが評価されていたのではないことを示している。
 1955年から60年までの5年間は、技術革新による産業構造変化を背景とした戦後初めてのイノベーションによる株価上昇であった。1956年の経済白書において「もはや戦後ではない」と明記され、白黒TV、洗濯機、冷蔵庫の3つが「三種の神器」として家庭に急速に普及した。家電メーカーは次々に増資を行い、そのたびに株価は上昇していった。
 1965年からは、初の建設国債発行によって景気が持ち直しマイカーブームが訪れた。この時期には、自動車に加えて、カラーTV、クーラーが新三種の神器としてもてはやされ、戦後2回目のイノベーション・バブルとなった。株価高騰はオイルショックまで続くことになる。 
 3回目は2000年のITネットバブルである。パソコンとインターネットの普及により関連銘柄の株価が爆発的に上昇した。
 これら3つの時期における関連銘柄のTopix乖離はかなり高い水準となっている。また、関連製品の普及率にも一定の相関があることが分かる。それぞれの時期に、イノベーション関連銘柄に投資を行った投資家は、良好なパフォーマンスを得たことが推定される。
##パナソニックとトヨタはイノベーション銘柄の典型だった
 それぞれの時期におけるイノベーション銘柄と製品の普及率の関係についてもう少し詳しく、かつ具体的に検証してみよう。
 1955年から1960年にかけては家電製品のイノベーションが進んだ時期であり、松下電器産業(現パナソニック)などの電機メーカーの株価が高騰した。また1965年から1970年にかけては、いわゆるマイカーブームが到来しており、トヨタを中心に自動車関連株が注目された。
 図3は松下電器産業(現パナソニック)の1950年から1965年までの株価推移と冷蔵庫の普及率を記載したチャートである。当時の松下は企業規模を急拡大させており、巨額の設備投資を賄うため毎年のように増資を行っていた。株価は増資のたびに上昇し、当初からの株主は莫大なキャピタルゲインを得たことが知られている。

 家電製品の主力であった冷蔵庫は1955年ごろから普及が始まり、1961年には普及率が15%を超え本格的な量産が始まった。株価はこの普及率に前後して急上昇し、1960年の後半には1回目のピークとなった。その後、普及率が40%に近づいた1963年に2回目のピークを迎えている。
 松下の場合、冷蔵庫の普及率が10%以下の時期に投資を実行した投資家には、大きなパフォーマンスがもたらされたことが分かる。
 図4はトヨタ自動車の1955年から1975年までの株価推移と自動車の普及率を記載したチャートである。
 戦後しばらくの間、自動車産業の国際競争力は低く、政府の保護によって何とか生産を維持する状況が続いた。トヨタも1950年前後には、ドッジラインのあおりを受け資金繰りに窮するとともに激しい労働争議によって一時は倒産寸前の状態まで追い詰められていた。
 日本の自動車産業が躍進するのは1960年代に入ってからである。国民の購買力が増大し、乗用車の販売が急激に拡大した。トヨタは1959年の元町工場の稼動を皮切りに、60年代に入って上郷工場、高岡工場、三好工場など現在も主力工場となっている生産設備を相次いで稼動させ、生産を急拡大した。66年には「国民車」とまで言われた同社の代表車種である「カローラ」の販売を始めている。

 トヨタの株価は自動車の普及率が16%を超えた1967年頃から急上昇している。1965年に100円台だった株価は、一旦ピークを迎える1973年には700円に迫る水準までに上昇した。自動車の本格普及が始まる以前の1955年前後に株式を保有した投資家にいたっては、20年で約65倍ものパフォーマンスになっている。
 松下電器産業もトヨタ自動車も、製品の普及率が16%を超えたあたりから株価の急上昇が始まっており、まさにS次カーブ理論そのままである。普及率が10%に満たない段階においてその製品の将来性を評価することができれば、投資のパフォーマンスは飛躍的に向上するはずだ。

次回に続く)

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