ハイテク・バブルの歴史(第1回)

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 新しいテクノロジーの登場は、しばしばバブル的な株価高騰をもたらしてきた。古くは100年以上前の鉄道株バブル、1920年代の米国における自動車株バブル、1980年代日本のハイテクバブル、最近では2000年のネットバブルなどがある。バブルの崩壊は短期的には悪影響をもたらすが、テクノロジーバブルが起こった産業分野は長期的に見ると高い成長を実現していることが多い。
 新しい産業分野の登場は比較的予測がしやすいため、バブルをうまく活用することができればテクノロジーへの投資は有効な資産形成手段となりうる。過去に発生したテクノロジー・バブルについて、その法則性について検証した。

バブル的株価の妥当性
 テクノロジーに起因するバブルとして記憶に新しいのは、2000年前後に起きたいわゆるネットバブルである。インターネット関連のベンチャー企業が次々に上場し、各国の新興市場の株価は軒並み急上昇した。
 バブル的な株価形成が進むと、その株価に妥当性があるのかという議論が活発になってくる。テクノロジーに起因するバブルの場合、新しい技術がどのように収益を生み出していくのかという観点で様々な説明がなされていく。
 ネットバブル当事、従来のモデルで説明がつかなくなった株価を説明するためのツールとしてよく用いられたのが「メトカーフの法則」と「収穫逓増モデル」である。メトカーフの法則は、「ネットワークの価値は利用者数の二乗に比例する」というもので、コンピュータ・ネットワークの中核技術を開発したメトカーフ氏が1995年に提唱したものだ。

 メトカーフの法則によれば、ネットワークが持つ価値は利用者数の二乗に比例するのに対して、ネットワークの構築、維持に必要なコストは利用者数に比例するだけなので、その差分である事業者利益は急拡大することになる。メトカーフの法則が正しいのであれば、ネットワークを提供する事業者は経済学でいうところの「収穫逓増モデル」を実現できることになる。
 収穫逓増モデルとは、投入量を増やした時に得られる産出量が次第に増加していく形態のことである。通常は投入量に対する生産量は減少してくるのでどこかの段階で成長に限界がくる。しかし収穫逓増モデルは急拡大を持続させることが可能となる。
 確かにGoogleやYahoo!といった検索サービスを提供する企業は、利用者数が4倍になっても設備投資を4倍にする必要はなく、理論的には利益拡大を継続できる事業形態である。しかし、ネットバブル当時には、データセンターや物理的な回線を提供する通信キャリアなど、収穫逓増モデルが適用できないような事業者の株価まで同じような高騰を見せていた。
 ネットバブルは最近の出来事であるため我々の記憶に新しいが、実は資本市場では過去何度もテクノロジーのバブルを経験している。当時の株価形成がどのようなものだったのかついて検証しておくことによって、来るべき次のバブルに備えることができるはずだ。

1800年代における英国の鉄道株バブル
 古い時代におけるテクノロジー・バブルの代表格といわれているのが、1840年前後に発生した英国における鉄道株バブルである。
 ワットが1769年に本格的な蒸気機関を発明したことで、馬に代わる画期的な動力源として注目を浴びることになる。1800年代に入ると、トレヴィシックやスチーブンソンなどが改良を重ね、鉄道の動力源として実用化に成功し、1830年には蒸気機関車を使用した本格的な鉄道が建設されるようになった。
 英国では鉄道に対する投資ブームが起こり、多くの鉄道会社が誕生した。当時の鉄道に対するイメージは、現代におけるリニアのような超高速鉄道である。市場では期待が先行し鉄道株はバブル的な高騰を見せた。図2は当時の英国における鉄道株インデックスの推移である。


 株価の高騰は1830年代と40年代の2回にわたって発生している。1830年に60前後だった鉄道株指数は1845年のピーク時には3倍近くまで値上がりした。当時の鉄道株の配当率は高かった(5%~15%)ことを考えると、バブル的な株価といってよいだろう。
 チャートにおける棒グラフはその年に新たに認可された鉄道路線のマイル数を示している。認可路線が増えるとその分、株価も上昇している。1845年には600もの新鉄道会社計画が提出され、鉄道株ブームのあまりの激しさに英国では「1人残らず鉄道会社の株主になった」とまでいわれた。しかし、ブームが去ってしまうとバブル的な株価は崩壊し、1850年代には結局のもとの水準に戻ってしまった。

鉄道株バブルには普遍性があった
 1930年代に始まった英国の鉄道株バブルはヨーロッパ各地や米国にも波及した。1880年代に入ると、遅れて近代化が始まった日本でも鉄道株バブルが発生することになった。図3は明治期の日本における鉄道株の推移を示したチャートである。


 日本では1972年(明治5年)に官営鉄道として新橋-横浜間が開通したのを皮切りに、次々に鉄道が建設された。1881年には私鉄である日本鉄道が設立されたことで鉄道会社の設立ブームが起こり、1890年頃から鉄道株バブルが発生した。
 英国と異なり日本では、鉄道国有化の動きが進められ1906年には主要私鉄のほとんどが国有化された。国有化の対象となった私鉄の株式は国が一定価格で買い上げたため、鉄道株が暴落するという事態は発生せずにバブルは終了している。
 日本では初めてのテクノロジー・バブルだったが、これを事前に予想して大きな利益を得た個人投資家がいる。日比谷公園を設計したことで有名な、東京帝国大学教授の本多静六である。
 彼はドイツに留学した際、師事したブレンターノ教授から貯蓄と鉄道株への投資についてアドバイスを受け、帰国後これを忠実に実践した。その後日本でも鉄道株バブルが到来し、現在の価値で数億円の資産を築くことに成功している。
 ブレンターノ教授は鉄道株ブームに普遍性があることをよく理解しており、遅れて近代化した日本には近いうちに鉄道株バブルが到来することを的確に予見していた。本多教授はその後、多額の寄付を行う慈善家としても名を馳せるとともに、蓄財に関する著書を出版してペストセラーにもなっている。

何度も繰り返される鉄道型のバブル
 世界各国にバブル相場をもたらした鉄道だが、これは収穫逓増をもたらすテクノロジーなのだろうか。確かに当時の鉄道は、最先端テクノロジーの集合体ではあるものの、そのビジネス・モデルは非常に古典的なものである。
 鉄道はひとたび線路を敷設してしまえば、毎日運賃が入ってくるという理想的な業態(その反面、巨額の設備投資負担が必要となる)だが、鉄道会社が得る収入は線路が持っている物理的な輸送力に依存する。収入を2倍にするには設備投資も2倍にしなければならず、収穫逓増モデルは成立しない。したがって、ネットバブル時に多用された株価を正当化するロジックは鉄道には適用できないことになる。
 先にも述べたように、実はネットバブル時代においても収穫逓増モデルが成立しない企業の株価が同じように高騰したケースがたくさん見られた。代表的なのが通信会社の株価である。
 図4はネットバブル時代に投資家から大きな注目集め、最終的には粉飾決算が露呈して破綻したWorldCom(最終的にVerisonグループが買収)の株価チャートである。


 WordlComは当初、小規模な長距離通信会社だったが、創業社長であるバーナード・エバース氏の積極的なM&Aで全米有数の通信会社に成長した(同氏は小さなモーテルから事業を拡大させた異色の経営者。ハイテク企業であるにもかかわらず電子メールを使わない主義であっため、同氏に対する粉飾決済の捜査は困難を極めた)。
 同社はネット株の主力銘柄のひとつとみなされ、株価も急上昇した。1990年初めに0.67ドル前後であった株価はピークとなった1999年には約85倍の57ドルにまで高騰した。図4のチャートにおける棒グラフはインターネットに接続している機器の台数についてその伸びを示したものである。接続台数の伸びに先行するように同社の株も上昇している。

鉄道会社と通信会社の類似性
 鉄道会社と通信会社は、表面的にはまったく異なる会社に見えるが、そのビジネス・モデルは類似している(現在のソフトバンクテレコムの前身は日本国有鉄道の一部門であったことも偶然ではない)。
 鉄道会社と通信会社の収益源は、利用者が支払う利用料(鉄道の場合は運賃)である。先にも述べたように、鉄道会社は最初に巨額の設備投資を行って線路を敷設し、そこに列車を走らせて利用料(運賃)を徴収する(初期の鉄道会社の中には、列車の運行を行わず、列車を運行させたい事業者から線路の利用料を徴収するというところもあった)。通信会社も同様に、最初にケーブルを敷設し、そこに情報を流して利用料金を取るという事業形態である。収益の上限が敷設するケーブルの物理的な限界に依存するという点もまったく同様である(鉄道よりも通信ケーブルの方が、ソフトウェア技術によって、飛躍的に伝送能力を伸ばすことが可能だが、それでもケーブルの物理的な限界は存在する)。
 投資の世界では過去の経験則が生かされることは稀である。
 1800年代の鉄道バブルを繰り返し経験しておきながら、2000年のネットバブルでは、鉄道会社とまったく同じビジネス・モデルを持った(つまり収穫逓増にはならない事業形態)通信会社の株がやはり説明のつかない水準まで上昇することになった。
 実は鉄道株バブルは、市場がはじめて体験したテクノロジー・バブルではない。英国では1790年代に、まったく同様のバブルを経験している。それは、運河バブルである。
次回に続く)

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