農業は世界で戦えるのか?

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 シンガポールで開かれていたTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の閣僚会合は、日米が合意に達することができず、締結は先送りとなった。もっとも難航しているのは、いわゆる「重要5項目」といわれる農作物の関税である。
 日本ではTPPの締結によって農業は壊滅的な打撃を受けるといわれている。一方で生産性を向上させたり、企業などの経営ノウハウを投入すれば、国際市場で戦っていけるとの見解もある。

 農業の産業化という観点では、小国であり、かつ商業国でありながら、農業も巨大産業となっているオランダがよく引き合いに出される。確かにオランダは九州ほどの面積しかない小国だが、世界第2位の農業輸出を実現している。だがオランダの状況は日本とはかなり異なっており、単純に比較することはできない。日本における農業の産業化は他国と比較してかなり難しいと考えた方がよいだろう。

規模で勝負にならないのは明白
 そもそも日本の農業は基本的にどのような状況になっているのだろうか?図1は日本、米国、オランダの農業を比較したものである。日本の国土は3780万haあるが、農地は456万haしかない。日本はよく知られているように国土のほとんどが山林である。また平野の多くが都市圏となっており農地の割合はかなり低い。

 米国は9億8000万haの国土のうち、何と半分近くが農地となっており、日本の100倍もの農地が存在している。しかも農家一戸あたりの耕作面積は圧倒的に広い。日本は1.8haだが、米国は100倍近くの170haもある。単純に大量生産によるコスト競争を行えば、日本の農業の勝ち目はゼロといってよい。

 ちなみに、ドイツやフランス、英国など欧州各国では農家1戸あたりの耕作面積が40~60ha程度となっており、やはり日本とは20倍以上の開きがある。とにかく日本の農業は1戸あたりの耕作面積があまりにも小さく、諸外国と比較すれば、産業というレベルになっていないのが実態である。


オランダの農業は実は加工貿易
 オランダは欧州の中では、1戸あたりの耕作面積がかなり狭い部類に入るが、それでも農家1戸あたりの耕作面積は25haと日本の14倍近くある。日本の農業を産業化するためには、少なくとも10倍以上の規模に拡大しないと一定の競争力を確保することはできないだろう。もっとも、オランダは干拓地が多く国土の多くが平坦である。狭い農地が多い日本でどれほど農地の集約化ができるかは疑問である。

 またオランダが農業輸出で世界2位を実現しているという現実にも少々カラクリがある。オランダの農作物の中で輸出額が大きいのは、観賞用植物(花き類)、タバコ、チーズなどであり、純粋な農作物ではない。しかもオランダは、花き類やタバコの葉、牛乳などを大量に輸入も行っている。要するに原材料を輸入し、付加価値を付けて輸出するという加工貿易モデルに近い形態になっているのだ。

 オランダといえばチューリップが有名だが、チューリップを対象とした世界で初めての金融バブルを発生させたことでも有名である。要するにオランダは徹底したグローバル経済を標榜する商業大国であり、現在のオランダ農業もその延長線上にある。しかもドイツという巨大消費地が隣に控えていることや、原材料を安く調達できる東欧が存在しているという地理的条件が非常に有利に働いている。

日本自身が最終消費地であるという現実
 原材料を輸入して加工し、付加価値を付けて輸出するという加工貿易型農業モデルは理屈的には日本でも可能かもしれない。だが日本とオランダはまるで正反対の環境にある。オランダはドイツという巨大な輸出先があるが、日本の場合には、日本自身がアジア地域の中で突出して大きな消費地となっている。

 中国は付加価値の高い成熟した消費地にはなっておらず、日本には輸出する先がない。またアジア地域は、基本的に食料が不足しており、食料の輸入を増やしている。原材料を日本に輸出する余力は少なく、日本は十分な量の原材料を確保できない可能性がある。

 結局のところ、日本という最大の消費地を擁する日本の農業は、日本人向けに農作物を作ることがもっとも効率がよいということになる。移動手段が高速化しているとはいえ、農作物においては距離は絶対的なアドバンテージとなる。米国など諸外国もそうだが、農業がもっとも発達するのは、都市部から遠く離れた地方ではなく、都市近郊なのである。関東圏一帯に農地が広がっているのは決して偶然ではない。

部分的な集約化は可能か?
 しかし、オランダの農業が日本にとってまったく参考にならないかというとそうでもない。オランダは野菜など従来型農業でもそれなりに健闘しているが、うまくいっている理由の一つに、特定品目への集中があるといわれている。オランダの野菜はトマト、パプリカ、きゅうりなど、少ない品種に集中しており、これが価格競争力を高める要因となっている。

 例えばオランダが得意としているパプリカは、日本にも多数輸出されている。日本の店頭においては、オランダ産だけでなく、韓国産、ニュージーランド産なども目にすることが多いはずだ。しかし価格面で日本産と外国産にそれほど大きな違いがあるわけではない。きめ細かいターゲティングを行い、農地の集約化を進めていけば、品目よっては外国産を駆逐できる可能性は十分にある。

 ただマクロ的に見た場合、こうした取り組みも焼け石に水である可能性が高い。一部の農家を除いては、日本の農業はすでにかなりの部分で崩壊しているというのが現実なのだ。

零細農家の経営実態とは?
 政府与党は昨年11月、コメの生産調整(いわゆる減反)の見直しを柱とする農政改革案を了承した。減反に応じる農家に支給する補助金を来年から半額にし、最終的に補助金を廃止する5年後まで継続する。一方で、転作補助金を拡充しコメからの転作を促すとしている。

 ただ転作といっても野菜など他の品目への転作を促すわけではない。コメはもっとも栽培しやすい農作物のひとつであり、優良な農地を持つ一部の農家を除いて、野菜など他の農作物の転換は難しいというのが現実である。ここで想定している転作とは主食用のコメから飼料用のコメへの転作であり、実質的にコメ農家が従来通り、稲作を継続するという状況に変わりはない。

 現在の平均的な兼業農家の年収は450万円ほどだが、このうち農業からの収入は50万円に過ぎない。200万円が勤労所得で、残り200万円は年金収入である。こうした零細の兼業農家にとっては、競争力の強化や産業化というのは別世界の話である。産業化や競争力強化に耐えられる一部の農家と、こうした零細農業について同じ土俵で議論するのは現実的に難しい。農業の競争力強化の話と、零細農家に対する補償の話とは切り分けて考える必要がありそうだ。

 ちなみに集約化と産業化に成功しているというオランダでも、そのメリットを享受できなかった零細農家の中には、農業を継続するため、フランスなどに移住するケースが増えているという。

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