貿易赤字の是非

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 財務省が発表した1月の貿易赤字は、過去最大の2兆7900億円という巨額なものであった。本誌では貿易赤字の拡大が予想以上に進んでいることから、早ければ2014年中には慢性的な経常赤字に転落する可能性を指摘してきた。今回、前月比で2倍以上という赤字幅になったことを考えると、経常赤字転落はさらに確実な情勢になってきたといえるだろう。

 貿易収支あるいは経常収支がどのような状態であるべきなのかについては、多少イデオロギー論争的なところがあり、あまり冷静な議論が行われているとは言い難い。本格的な経常赤字時代を目前に控え、日本の国際収支はどうあるべきのか、あらためて探ってみた。

貿易赤字拡大は輸出不振が原因
 1月の貿易赤字が急拡大した最大の原因は、輸出の大幅な減少である。輸出は数量ベースで前月比15%、金額ベースで14%も減少した。円安進展後も輸出があまり回復しないことについては、数量ベースの落ち込みが大きく影響している。数量ベースの輸出水準は、円高による輸出不振がピークとなった時期の水準まで逆戻りしているのだ。

 日本はしばらく円高に苦しんできたこともあり、国内には、円安になれば輸出が回復するという期待があった。だが当時から指摘されてきたことではあるが、今の経済環境においては、円安になったからといって輸出が急回復することはない。

 その主な理由は日本の製造業のグローバル化にある。現在、製造業の多くは、国内で生産して海外に輸出するという業態から脱却しており、現地調達、現地生産が主流となっている。製造拠点を海外に移すたびに、輸出の絶対量は減少してしまう。

現地通貨ベースの価格はほとんど変化していない
 また日本企業の製品戦略も時代に合わなくなっている可能性がある。バブル崩壊後の失われた20年の中で、日本メーカーの多くは高付加価値製品にシフトすることができなかった。このため、基礎的な収益力が他のグローバル企業と比較して見劣りするようになってしまった。

 一方で、電機業界を中心に日本メーカーは長年の不況で企業体力が落ちていることもあり、円安をきっかけに思い切った値下げでシェアを獲得するという戦略もとりにくい。このため輸出数量が伸びず、円安の効果が限定的になってしまったのだ。

 この傾向は現地通貨ベースの製品単価によくあらわれている。図1は日本の数量ベースの輸出と製品単価の推移を示したものである。円ベースでの価格は円安で上昇しているが、現地通貨ベースの価格は横ばいが続いている。日本製品は為替の状況に合わせて柔軟に価格を変更することができない状態になっている。

輸入が増大する本当の理由
 一方、輸出の減少ほどではないが、輸入の拡大も続いている。各品目でまんべんなく輸入の増加が見られることから、特定品目の輸入増大が貿易赤字の原因ではないことが分かる。日本の産業構造そのものが変化し、コモディティ化した製品や部品は輸入する体質に変わってきていると考えるべきである。

 一部では、原発停止によるエネルギー輸入が赤字の原因とする論調が見られるが現実は異なる。原発停止後、火力発電所の燃料となるLNG(液化天然ガス)の輸入数量は1割しか増えていない。しかも原発停止の直後に輸入量が増えただけで、その後はずっと横ばいが続いている。LNGの輸入増大は、ここ半年の貿易赤字急拡大の説明にはならない。
 
 さらに原油にいたっては、輸入量はたった1.4%しか増えていない。エネルギーの輸入金額は増大しているが、それは市場価格の上昇によるものであって、原発停止が直接の原因ではないのだ。ちなみにLNG価格については原発停止によって市場価格がつり上げられている面が否定できない。だが、LNGはエネルギー輸入額全体の25%を占めているにすぎず、貿易赤字全体へのインパクトはそれほど大きくない。エネルギーの輸入額が増えた最大の理由は、やはり原油価格の上昇と考えるべきだろう。

 原発の再稼働問題が、日本経済にとって重要なテーマであることは間違いない。だが、貿易赤字拡大を原発の問題と混同してしまうと、本質を見誤ることになる。

貿易赤字化は歴史の必然
 国際収支には発展段階説とよばれるものがあり、その国の成熟度にしたがって国際収支の状況は変化するとされている。発展段階は6つあり、海外からの資金に頼る未成熟な債務国からはじまり、債権国へと転じ、最終的には債権を取り崩すという流れになっている。現在の日本はすでに、貿易赤字を投資収益がカバーする「成熟した債権国(第5段階)」のフェーズに入っている。最後は「債権取り崩し国」ということになる(図2)。

 経済が成熟すると、付加価値の低い製品を自国で生産することはなくなり、海外からの輸入でカバーするようになる。貿易赤字に関する議論で、輸入が増えるとその分、海外に仕事が奪われるとの主張があるが、それは奪われたというよりも、付加価値の低い仕事を海外にアウトソースしたと解釈すべきである。本来であれば、輸入で余った労働力はもっと付加価値の高い産業で活用するのが成熟国の姿である。


 発展段階説はすべての国に適用できる普遍的なものではない。ドイツのように成熟国になっても、高付加価値製造業に軸足を置き、貿易黒字を維持する国もある。だがドイツは、低付加価値の輸出産業は捨て去り、国内の低付加価値労働の多くを移民に頼る完全なグローバル主義経済を採用している。成熟国としての基本的な立ち位置は日本や米英と変わっていない。
 成熟国が、広い意味での貿易赤字体質になることは、歴史的な必然であり、これを無理に回避しようとすると、状況をかえって悪化させる可能性がある。

貿易赤字の影響は国債市場と為替市場に現れる?
 では貿易赤字になると何が問題なのだろうか?経済学的には貿易赤字は単なる輸出と輸入の差額なので、それ自体は損でも得でもない。むしろ重要なのは日本経済の状況であり、それによって貿易赤字がもたらす影響も異なってくる。

 日本における貿易赤字の影響としてもっとも懸念されるのは国債市場や為替市場の動向である。貿易収支は国内の貯蓄と投資の差額に等しい。貿易赤字が拡大しているということは、貯蓄不足と表裏一体であり、実際、日本の貯蓄率は年々低下が続いている。貿易赤字が拡大し、さらには経常収支も赤字ということになると、市場において国債の消化余力に疑問符が付く可能性がある。またこうしたイメージは為替市場にも大きな影響を与えることになる。

 現実には、国内に消化余力がなくても、海外からの資金で最終的にはバランスされることになる。また、日本の国債が市場で消化できなくなるという事態はほとんど考えにくい。だが、市場での短期的な動きは、こうした教科書的な話とは次元が異なるものである。金利が急騰したり為替が急激に円安に振れるような事態となれば、すべてが低金利であることを前提にしている日本の財政への影響は少なくない(本誌記事「日本の財政をシミュレーションしてみると」参照)。

経常赤字を前提にした経済政策を
 現在の日本の経済政策は輸出を回復させ、貿易赤字を縮小させることを念頭に置いている。だが日本は今後、無理に輸出を増やそうとせず、経常赤字体質を前提にした、新しい経済政策にシフトしていく方が望ましい。初期段階としては経常赤字転落のスピードを緩和させるための政策が、その後は、海外資金を有効活用するための政策が必要だろう。

 このところ、ソフトバンクやサントリーなどの日本企業が1兆円を超える大型の海外M&Aを実施している。海外への直接投資の増加は、国内への利子・配当収入を増加させるので、所得収支の拡大に寄与することになる。こうした海外直接投資を増やすことは、経常赤字転落の影響を緩和する効果がある。

 長期的には国内の規制緩和を進め、海外から良質の資金が集まるよう市場の整備を行う必要があるだろう。国内の資金需要の一定割合いを海外から調達したとしても、それで国内経済が高い付加価値を生み出せるのであれば、大きな影響は生じない。

 問題は、国内産業の再編が必要という点である。輸出の減少で失われた雇用を、新しく生まれる国内産業にスムーズにシフトさせる必要がある。最終的には、この改革をやり抜く国民の意思が最大の課題ということになる。

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