海外M&Aがもたらすもの

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 ソフトバンクによる米スプリント社の買収やサントリーによる米ビーム社の買収など、1兆円を超える海外大型M&Aが相次いでいる。
 日本市場は今後、人口の減少によって縮小が続く可能性が高い。日本の経済システムは制度疲労を起こしているが、大きな改革は期待できない状況にある。海外企業を買収することは、日本企業が成長を維持するため唯一の手段となりつつある。

 海外企業の積極的なM&Aは、個別企業だけでなく、日本経済全体にとっても大きな意味を持っている。日本はすでに慢性的な経常赤字が視野に入り始めているが、海外企業の買収は、赤字拡大を食い止める有効な手段となる。
 今後、円は長期的な下落が予想されており、日本企業が有利な条件で海外企業を買収できるのは、今が最後のチャンスかもしれない。企業の海外投資を後押しするような政策が求められている。

貿易赤字の増大は構造的問題
 2013年11月の経常収支は、単月としては過去最高水準となる5928億円の赤字という少々ショッキングな内容であった。日本は震災以降、慢性的な貿易赤字が続いていたが、最終的な収支である経常収支は何とか黒字を保っていた。それは貿易赤字を埋め合わせることができるだけの投資収益(所得収支)を確保していたからである(図1)。

 だが最近、輸出の不振と輸入増大が重なり貿易赤字が拡大してきている。所得収支の黒字では貿易赤字を埋め合わせることができなくなっているのだ。
 11月の貿易収支は1兆2543億円の赤字、これにサービス収支の赤字と経常移転収支の赤字を加えると総額1兆4930億円の赤字となる。これに対して所得収支は9002億円の黒字なので、差し引き5928億円の経常赤字となっている。貿易収支は季節変動が大きいので、この金額は上下する可能性が高い。しかし、基本的には貿易赤字は拡大傾向なので、慢性的に経常収支が赤字になる日は近いだろう。


 貿易赤字が拡大した原因は、原発停止によるエネルギー輸入の増大と思われているが、現実はそうではない。日本は基本的に原発停止に対して節電で対処しており、エネルギー輸入量を増やしているわけではないのだ。輸入量が増えていないのに輸入額が増大しているのは、価格が値上がりしたからである。原油価格は震災以後1.4倍に、LNG価格は1.8倍に値上がりした。エネルギーの市場価格は日本がコントロールできるものではないので、この問題は原発を再稼働させても解決できない。

海外M&Aは輸出拡大と同様の効果を得られる
 ではどうして日本の貿易赤字が拡大しているのか?それは日本の産業構造が大きく変わっているからである。製造業はグローバル化が進んでおり、海外生産比率は上昇することがあっても低下する可能性は低い。

 トヨタはすでに半分以上の自動車を海外で生産している。海外で部品の調達から生産、販売までを行った場合、日本から製品を輸出する必要はなくなるため、輸出の絶対数量が減少する。一方でスマホなどを中心にアジアで生産された製品の輸入が増えているが、この傾向は今後も続くだろう。つまり貿易赤字の拡大は構造的な要因であり、基本的に回避は不可能なのである。

 国内では輸出産業へのテコ入れなどによって貿易赤字を縮小させようという声も大きいが、赤字が構造的な要因なのだとすると、根本的な解決策にはならない可能性が高い。こうした状況において、経常赤字拡大の影響を緩和させるもっとも効果的な方法は海外からの投資収益(所得収支)を増やすことである。

 所得収支を増やすことができれば、経常収支の赤字を緩和することができ、輸出の拡大に近い効果を得ることができる。所得収支は米国債など金融商品から得られる利子と、買収した企業の株式から得られる配当の2つに大別できる。 買収した企業から得られる配当はリスクが高い分、金融商品から得られる利子よりも金額が大きい。金融商品からの利益を拡大させることは簡単ではないが、ソフトバンクやサントリーのような大型買収を実施する企業が増えてくれば、所得収支を容易に増大させることが可能となる。

海外M&Aがないと量的緩和の効果も顕在化しない?
 M&Aの資金は多くの場合銀行から調達されるため、量的緩和策における最大の課題となっている銀行融資の増加にも大きく寄与することになる。昨年1年間の銀行融資の月あたりの増加額は平均9000億円程度である。ソフトバンクは2兆円の買収資金の多くを銀行からの借り入れで調達した。こうした大型買収が1件あるだけで、日本全体の新規銀行融資2カ月分を達成してしまう計算になる。


 日銀は量的緩和策をスタートさせた4月以降、マネタリーベースを約30%も増加させているが、銀行融資はわずかに2.3%しか伸びていない。マネタリーベースの増加に比べて、融資拡大のペースが遅すぎると指摘する声は大きいが、国内にめぼしい投資先がない状況では、やむを得ない面がある。

 このまま日銀からの資金供給だけが増加すれば、経済成長を伴わないインフレをもたらすだけになってしまう。だが、ソフトバンクやサントリーのような大型海外M&Aが増えてくれば銀行の融資は拡大し、日銀が供給した資金が効率的に市場で活用されることになる。

現在の為替水準は最後のチャンス?
 米国経済は現在、順調な回復を見せており、財政収支、経常収支ともに改善が進んでいる。短期的には円高への揺り戻しも考えられるが、長期的にはさらにドル高円安が進む可能性が高い。今は、日本円が国際市場において購買力を保持している最後の時代となるかもしれない。

 今のタイミングで海外企業のM&Aを実施できなければ、今後はさらに条件が厳しくなってくるだろう。本来、アベノミクスの成長戦略はこうしたところを意識した内容であることが望ましい。だが政治的環境がそれを許さない側面があり、実際の政策対応は現状に対して遅れがちだ。

 だが政府のスタンスも徐々に変わりつつある。甘利経済再生担当相は2014年1月14日、経常赤字増大に関連して「円安で輸出環境が良くなっているにもかかわらず思ったほどスピーディーに輸出が拡大していない」と述べ、円安が必ずしも輸出増大につながっていないことを認めた。アベノミクスもそろそろ現実的な路線に転換する時期にきている。

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