貿易赤字の正体

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 日本は震災をきっかけに恒常的な貿易赤字体質になった。一方、日本には、これまでに蓄積した膨大な外貨の運用で得られる金利・配当収入(所得収支)がある。このため日本は貿易赤字であるにもかかわらず、経常収支は黒字を維持している。

 だが円安の進展以降、輸入額の増加が続く一方で、輸出の伸び悩みが目立つ。これによって貿易赤字は徐々に拡大してきており、このペースで赤字が増え続ければ、早ければ来年中にも経常収支が赤字に転落する可能性が出てくる。

 輸入の増加は原発の停止による石油や天然ガスの輸入拡大が原因とされているが、現実はそう単純な図式ではない。そこにはエネルギー価格の推移や、日本の製造業における産業構造の変化などが複雑に関係している。

貿易赤字でも経常収支が黒字なワケ
 財務省は11月20日、10月の貿易統計を発表した。輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は1兆906億円の赤字となり、過去3番目の水準となった。赤字は16カ月連続で、先月に引き続いて過去最長を更新している。

 日本はすでに恒常的な貿易赤字体質になっており、赤字が継続すること自体は驚くべきことではない。だが、貿易赤字の金額は確実に増加のトレンドを描いている。2011年には平均すると5000億円程度の赤字だったものが、2012年には7500億円に、現在は約1兆円の赤字となっている。

 貿易収支に投資収益を加えたものが、国の最終的な収支を示す経常収支となる。日本には過去の貿易で蓄積した膨大な外貨があり、280兆円もの対外純資産を保有している。この海外投資から得られる投資収益(所得収支)は、毎月1兆3000億円程度ある。1兆円の貿易赤字があっても、1兆3000億円の投資収益があるので、経常収支は黒字となる。

このままでは経常収支も赤字に転落?
 投資収益は、米国債からの利払いや、海外に設立した現地法人からの配当なので、短期間で大きく変化することはない。為替が一定であれば、当分の間、同じ水準の金額で推移することになる。

 もし、このまま貿易赤字だけが拡大を続けるとなると、投資収益の額を貿易赤字が上回ることになる。図1は季節調整済みの貿易収支の推移を示したものだが、貿易赤字の額は着実に増加している。貿易赤字の増加トレンドがこのまま継続した場合には、来年の中頃には貿易赤字が投資収益を上回る可能性がある。

 経常赤字は必ずしも悪いことではない。国際収支における赤字・黒字は単にマネーの出入りを示しているだけであり、利益という点では中立である。だが現実問題として、日本が経常赤字に転落することのデメリットは大きい。

 これまで日本は数十年にわたって経常黒字を続けてきており、経済や社会の基本構造もそれを前提に組み立てられている。急激な国際収支の変化は大きな混乱を招く。また政府の財政赤字が巨額であることや、高齢化の進展で貯蓄率の低下が必至となっている現状を考えると、経常赤字への転落は金利など金融市場にも大きな影響を与える。最終的な経常赤字への転落は不可避としても、その変化はなるだけ緩やかな方がよいだろう。


日本の輸出数量は減少したまま
 2012年の後半に円安が始まってから、輸出・輸入とも金額の増加が見られるが、輸出は伸びが鈍化する一方、輸入の方は増加ペースが加速している。経常赤字転落を防ぐためには、輸出を拡大するとともに、輸入の増加を抑制する必要がある。
 輸出が減少した原因は円高であるとの見方が一般的に信じられているが、必ずしもそうとはいえない。円高が急激に進んだのは2010年後半からなのだが、輸出の金額、数量とも実はあまり変化していないのだ。輸出が急激に減少するのは2012年の3月以降のことであり、この時は円高がピークを過ぎ、徐々に円安に向かっているタイミングであった(図2)。


 ここで重要なのは、金額よりも数量である。2012年3月から2013年3月までの急激な落ち込みにおいて、金額よりも数量の減少が顕著であることが分かる。しかもその後、円安になり金額が回復しても、輸出の数量はあまり回復していない。
 これは日本製品の国際競争力が低下してきていることや、工場の海外移転などが複合的に関係していると考えられる。工場の海外移転の要因のひとつは円高だろうが、グローバルな競争の激化でコスト削減要求が厳しくなってきたという理由も大きい。あくまで為替は副次的な要因と考えるべきである。

 ここ1年の品目別の輸出入の増減を見ても、原材料や電子部品など輸入製品の金額が増加し、輸出は輸送機器(要するに自動車)など一部の業界を除いてはあまり増加していないことが分かる。アジアなどからの部品輸入が増え、輸出が思いのほか振るわないという状況がイメージできる(図3)。


日本のエネルギー輸入量は増えていない
 一方、輸入の増大についても為替だけが原因ではない。日本の輸入額のうち石油やLNG(液化天然ガス)といったエネルギーは全体の3割を占めており、品目ごとのシェアとしては最大である。輸入が増えた最大の原因はエネルギーの輸入額が大幅に増加したからだ。

 一般には震災によって原発が停止し、石油やLNGの輸入量が増えたことと、円安が重なったことがエネルギー輸入額を増やしていると理解されている。だがこれについても必ずしもそうとはいえないというのが現実だ。図4は石油とLNGの輸入数量と市場価格の推移である。

 全体を通じて分かることは、石油もLNGも輸入数量はここ3年でほとんど変わっていないということである。日本は震災によってエネルギー輸入を増やしたというのは正しくない。日本は節電や工場の海外移転などによってエネルギー消費を抑制しているだけであり、原発の不足分を補うために、輸入量を増やしているわけではないのだ。

 ではなぜエネルギー輸入額が増大したのか?それは石油やLNGの価格が上昇し、これに円安が加わったからである。特にひどいのがLNGで、震災直後の2011年5月から急上昇し2倍近くに値上がりした。日本の火力発電所の多くはLNGを燃料としており、価格上昇が直撃した。というよりも、震災によって日本のLNG輸入が増えることを見込んで、価格がつり上げられたといった方が正しい。日本が買うLNGの価格はもともと不利な条件が設定されており、米国のLNG価格の4倍に達していることはよく知られている。


貿易赤字の増大は複合的、構造的要因
 LNGの価格上昇に加えて、今度は2012年の後半から原油価格も上昇を開始した。これに円安という条件が加わったため、エネルギーの輸入額が大きく増えたというのが、輸入増加の本当の理由である。

 総合的に考えると、日本企業の国際競争力の低下、海外への工場移転などによって輸出が減少し、一方、エネルギー価格の上昇と円安で輸入額が急増した。これが貿易赤字を拡大させているということになる。これはどちらかというと構造的な問題であり、すべてを為替で解決できる問題ではない。
 日本の輸出が抜本的に増加するような変化がない限りは、どこかのタイミングで経常赤字に転落する可能性は高いと判断すべきだろう。

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