アベノミクスの10カ月を検証する(その3 成長戦略)

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - アベノミクスの10カ月を検証する(その3 成長戦略)
Share on Facebook

 安倍政権のスタートから10カ月が、日銀による異次元の量的緩和の開始から半年が過ぎようとしている。安倍政権に対する国民や市場の期待度は高く、首相就任前後から株価は大きく上昇した。だが今年6月以降、株価は伸び悩んでおり、市場は安倍政権の今後に対して微妙な評価を下している。

 安倍首相は日本経済の復活を内外に強くアピールしており、政権の性質には多分に情緒的な側面が見られる。そのためか、アベノミクスの評価をめぐっては、やや感情的な議論も見受けられる。アベノミクスは初期段階として、どの程度を効果を発揮してきたのか、そろそろ数字を使った客観的な評価が必要な時期に来ているといってよいだろう。

成長戦略をめぐる2つの考え方
 (前回から続く)アベノミクスの3本目の矢は「民間投資を喚起する成長戦略」である。安倍政権では、成長戦略の司令塔として日本経済再生本部を設置した。具体的な政策は、日本経済再生本部の政策提言組織である産業競争力会議が担うことになっており、実質的にはこの会議が成長戦略の要ということになる。
 産業競争力会議は首相と6人の閣僚および10人の民間議員で構成されている。この会議の本来の役割は、成長戦略に関する大きな方向性を決め、トップダウンで各府省に具体的な政策を指示するためのたたき台を作ることである。だが一方では、官僚が実施したい政策を会議に上げ、有識者や議員からの「お墨付きをもらう」場にもなってしまう可能性がある。実際、産業競争力会議は、官僚主導の政策を実施したい事務局と、一部の民間議員の間で激しい駆け引きが行われることになった。

 成長戦略には大きく分けて2つの考え方がある。ひとつは財政出動型、もうひとつは構造改革型である。日本は戦後、一貫して財政出動型の成長戦略を実施してきた。国債を発行し公共工事を実施することで需要を発生させるとともに、特定産業を財政的に支援するターゲティング・ポリシーを積極的に採用してきた。だがバブル崩壊以後、財政出動型の弊害が強く認識されるようになり、小泉政権ではこれまでと打って変わって構造改革を軸とする市場メカニズム重視型の政策に舵を切った。だがこの政策の実施には痛みを伴うことから大きな反発を受け、構造改革的な政策は途中で頓挫した状態となっている。

当初は構造改革中心の構想だったが
 安倍首相は当初、規制緩和を中心とした構造改革を軸に成長戦略を描く方向性を強調していた。それは3本目の矢のネーミングに「民間投資を喚起する」と前置きが付いていることからも明らかである。
 安倍首相は海外に対して積極的な情報発信を行っており、構造改革の実施を強くアピールしている。7月にシンガポールを訪問した際には「必要なのは大胆な規制改革であり、これを実施するには既得権益層に立ち向かう強い政治力が必要」と述べ、既得権益層との対決姿勢を鮮明にした。また9月のニューヨーク証券取引所での講演では「投資を喚起するため大胆な減税を断行する」「規制緩和がすべての突破口であり、日本を米国のようにベンチャー精神あふれる起業大国にする」とまで明言した。

 こうした姿勢が評価され、海外投資家を中心に日本株を見直す動きが広まっていたが、夏を過ぎるとその雲行きが怪しくなってきた。産業競争力会議から打ち出される成長戦略の中に、規制緩和に関するものがなくなっていたからである。外国人投資家の買いが消極的になったことから、株価は足踏み状態が続いている。また長期金利は量的緩和の影響もあって一層の低下が進んでいる。長期金利は最終的にはその国のGDP成長率に収束するものであり、ウラを返せば市場は日本の経済成長を見込んでいないということになる(図1)。


特区の断念で規制緩和は事実上見送りに
 成長戦略の第一弾として発表された内容には、市場創造プラン、産業再興プラン、国際展開戦略といった施策が並んでいる。これらのほとんどはターゲティング・ポリシーをベースにした特定業界支援型のものであり、経済産業省を中心に事務局の主導で作成されたことは明らかである。

 一方、この動きに反発した竹中平蔵慶応大学教授ら一部の「構造改革派」議員は独自の動きを見せ、公共インフラの民営化、規制緩和、優遇税制や、これらを先行的に実施する「特区」の創設を強く主張した。安倍首相はこれを受けて首相をトップとする国家戦略特区諮問会議を設置し、政府が責任を持って「特区」創設を進めていく考えを明らかにした。

 だが「特区」の創設をめぐっては、解雇規制の緩和に反対する労働組合や厚生労働省が猛反発し、思ったように議論は進まなかった。また当初、解雇規制の緩和には積極的と考えられていた経済界もこの動きを後押ししなかった。戦略特区で解雇自由の対象となる予定だったのは、設立5年以内のベンチャー企業や外資系企業であったことから、これらの企業が競争力を付けることを大企業が警戒したためである。
 結局、政府は10月17日、国家戦略特区における解雇規制の緩和を見送る方針を固めた。また特区の目玉のひとつであった農地の企業保有も見送られた。最終的に提示された特区の規制緩和プランではいくつかの項目が並んでいるが「農家によるレストランの解禁」など些細なものが目立つ(図2)。

成長戦略はほとんどが財政出動型に
 減税に関する方針にも後退が見られる。成長戦略の第一弾が市場からあまり評価を得られず、株価が足踏み状態になったことから、安倍政権は6月に入ると投資減税の方向性を強く打ち出し始めた。これは製造業を中心に生産設備を更新した企業に固定資産税などを減免するというものである。

 投資減税は、既存の製造業には効果があるが、海外からの投資の呼び水にはならない。市場において、規制緩和が後退しているとの見方が広がったこともあり、安倍首相は投資減税だけではなく法人減税まで踏み込みたいという意向を強く持っていたといわれる。だが法人税の抜本的な減税は税収の大幅減に直結することから、財務省が慎重な姿勢を示しているほか、与党内にも反対意見が根強い。法人減税については、今のところ「前向きに検討する」という段階にとどまっており、実施の最終決断は先送りされている。

 結局のところ、成長戦略は原則として政府主導による特定産業支援型の政策だけが残ることになった。秋の臨時国会に提出される産業競争力強化法案では、政府が認めた企業にのみ例外的に規制の免除を認める「企業実証特例制度」と、政府主導で業界再編や企業の合理化を進める「事業再編指針」の2つが盛り込まれたが、いずれも政府主導の限定的な規制緩和や合理化であり、当初のコンセプトとは大きく異なったものである。

日本経済の現状認識は変わったのか?
 総合すると、アベノミクスの3本の矢のうち、相応の成果を上げたのは、現在のところ「財政政策」のみということになる。成長戦略は当初の予定から大きく方向転換したわけだが、それが正しい現状認識に基づくものであれば何の問題もない。いずれ効果を発揮し、金融政策との相乗効果も見られるようになってくるだろう。

 だが、成長戦略の方向転換が、日本経済に関する現状認識の根本的な変更を伴うものではない場合、大きな問題を引き起こす可能性がある。当初安倍政権では、日本経済が低迷している最大の要因は構造的問題であるとの認識を強く持っていたはずである。そうであればこそ、規制緩和や外国からの投資呼び込みという政策が意味を持ってくる。

 成長戦略は特定企業に対する財政支援という従来型の形式に落ち着いたが、この方向性は、日本経済低迷の理由が単なる循環的要因であり、構造的問題は存在しないという立場でなければ整合性が取れない。本来は構造改革を進めるつもりだったのが、結果的に財政支援型になってしまったということであるならば、現状に対して異なる処方箋を出していることにほかならない。
(この記事はこれが最終回です)

【関連記事】