シリア問題で見えてきた新しい世界秩序

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 オバマ米大統領は8月31日、ホワイトハウスで声明を発表し、シリアに対して軍事介入を実施する方針を明らかにした。だが軍事介入には「議会の承認」を求めるとし、実質的に米議会が審議を再開する9月9日以降まで最終決断を先送りした。

 軍事介入を実施するのかは議会の結論次第だが、状況によっては介入の中止、あるいは極めて限定的な範囲での介入にとどまる可能性も高くなってきた。

 オバマ政権が中東問題に消極的になっている背景には、米国で進むシェールガス革命がある。
 従来、米国は中東から大量の石油を輸入しており、中東は米国にとってもっとも重要な地域のひとつであった。だが近年、米国で安価なシェールガスの開発が進んだことで、米国はエネルギーの輸出国に転じる可能性が高くなってきた。中東は米国にとって国益を左右する場所ではなくなりつつあり、この現実は、オバマ政権の安全保障政策にも着実に反映されてきている。

戦争する権利をめぐる大統領と議会の争い
 歴代の大統領は、いかに議会の制約を受けずに戦争を遂行できるのかについて苦心を重ねてきた。こうした経緯を考えれば、今回のオバマ大統領による議会重視の姿勢は異例ともいえるものだ。

 米国では、戦争をする権利(宣戦布告する権利)についての論争が建国以来続いており、その根源的権利が大統領にあるのか、議会にあるのかについて、最終的な結論が得られているわけではない。実務上は、宣戦布告の権利は議会にあるとされ、議会の承認なしに正式な戦争はできないことになっている。一方で、軍事介入については正式な戦争ではないことから、大統領の一存で決断できるとされる。
 だがベトナム戦争のように、軍事介入が、事実上の総力戦になってしまった例もあり、軍事介入といえども大統領権限で実施してよいのかについてはいまだに論争の的となっている。

 オバマ大統領は軍事介入を実施するとした声明の中で「米国はもっとも古い立憲民主主義国家」であると述べ、軍事介入の権限は大統領にあるとしながらも「このような重大な決断は議会の承認を得るべきだ」とした。
 オバマ大統領がわざわざ議会の承認を求め、大統領権限を縮小するような行動に出たのは、建前はともかくとして、本音では中東への積極的な関与を望んでいないからだ。介入方針をめぐって意見が対立する議会を巻き込むことで、中東への関与をなるだけ回避しようという一種の政治戦術と考えることができる。

米国は新しいモンロー主義に向かっている?
 オバマ政権は中東からアジアへと軍事力をシフトする、いわゆる「リバランス戦略」を急ピッチで進めている。一方で政官界や軍需産業の一部には、引き続き中東への積極的な関与を望む声もある。米国の政界は、両者のせめぎ合いとなっているが、大きな流れとしては中東への関与は縮小する方向性に傾きつつある。

 中東に対する米国の関心が薄れているのは、米国が近い将来、中東からの石油に依存しなくなる可能性が高まっているからである。その最大の原因は近年米国で開発が進んだシェールガスである。

 シェールガスは既存の天然ガスに比べてコストが半分程度と極めて安価であり、100年分の埋蔵量があるともいわれている。オバマ大統領は2020年には米国が天然ガスの純輸出国になる見通しを明らかにしている。

 米国が中東に対して積極的に関与するのは、安全保障の観点からユーラシア大陸に対する影響力を行使するという地政学的な側面と、安定的に石油資源を確保するという実利的な側面の2つがある。

 ユーラシア大陸中枢を支配する独裁的な国家を出現させないという地政学的目的は引き続き残るものの、石油確保という現実的なニーズは急激に後退しているのだ。
 かつて米国は、欧州との相互不干渉を基本とするモンロー主義を外交の基本方針として掲げていた。第二次世界大戦は米国の「引きこもり」からの一大転換点となったが、現在の米国は新しいモンロー主義に向かっているようにも見える。

中東問題の張本人であった英国も結局は介入を断念
 今回のシリア問題では、英国の対応も従来とは大きく異なるものとなった。もともと中東地域への過剰な干渉は第二次大戦前の英国が始めたものであり、現代の米国は世界帝国時代における英国の外交戦略を引き継いだものといえる。しかし、今回のシリア問題における英国の動きは、非常にちぐなぐなものであった。

 当初、英国はシリアへの軍事介入について非常に積極的であった。アサド政権による化学兵器使用が明らかになると、キャメロン首相は休暇を切り上げ急ぎロンドンに戻った。記者団に対して「国際社会による行動が必要である」と述べ、軍事介入の必要性を強調したのである。またフランスのオランド大統領も、シリア政府を強い調子で非難し「化学兵器使用に対し罰する用意がある」と述べた。

 英仏が介入に積極的であったことから、オバマ大統領は外堀が埋められた状況に陥ったものの、肝心の英国議会がキャメロン首相の提案を否決、結局、キャメロン首相は軍事介入を断念してしまった。
 今のところフランスは米国と共に介入を実施する意向を崩していないが、フランスの国民議会においても軍事介入の是非を問う決議を実施すべきとの声が上がっている。

 シリアとフランスはもともと関係が良好ではないという事情は考慮する必要がある。だが、中東問題に米国と共にコミットする英国に対して、慎重な姿勢を貫くフランスという従来の図式からは大きく様変わりしたといってよいだろう。英国の介入主義も終わりを告げているのかもしれない。

中東への不干渉は世界経済にとって朗報?
 今回、議会がオバマ大統領の方針を支持し軍事介入が実施されたとしても、規模の小さい限定的なものになる可能性が高い。そして、この事例が既成事実となれば、今後は欧米各国の中東に対する関与の度合いがさらに低下してくることになるだろう。

 この動きは世界経済に対してどのような影響を及ぼすことになるのだろうか?はっきりしたことは分からないが、地政学的リスクの後退によって、世界市場のボラティリティが低下してくる可能性は高いと考えられる。

 オバマ大統領の見解の通り、米国がエネルギーの輸出国に転じた場合、米国の経常収支は劇的に改善する。さらにシリア問題が短期間で収束すれば、米国は予定通り大規模な軍縮を進めることになり、米国は財政収支も大幅に改善することになる(米国は2020年までに国防費の対GDP比を現在の半分近くまで縮小する予定)。これらの動きはすべてドル高につながるものであり、ドルの信認回復は世界経済の安定にさらに寄与するはずである。

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