規制緩和論争の不毛

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 自民、公明、民主の3党は、タクシーの台数制限を義務付ける「タクシーサービス向上法案」について合意に達し、秋の臨時国会に法案を提出する。これによって小泉構造改革の目玉の一つといわれてきたタクシーの規制緩和が根本的に見直されることになる。

 タクシーは自由化によって台数が一時10%近く増加した。これが競争の激化を生み運転手の待遇を著しく低下させたといわれている。しかし、タクシーは他の業界と異なり、道路という税金で作られた公共物を利用するという特殊な業態である。このため、もともと差別化が困難であり、過当競争になりやすい体質を持っている。

 また歩合制に著しく偏った給与体系など別の課題も抱えており、現在の過当競争が必ずしも台数の自由化だけでもたらされたわけではない。今回の規制強化に対しては時代に逆行しているとの声も上がっているが、規制緩和はただやみくもに進めればよいというものではない。税金が投入され、差別化がしにくくなっている業界に対しては、単純な規制緩和はかえってそのメリットを失わせる可能性があることを、今回の事例は示しているといえるだろう。

規制緩和を行えば一般論としてサービス水準は向上するが
 一般論として、規制緩和を行えば競争原理が働き価格が下がってサービスが向上するといわれている。例えば、電話が規制緩和される前は、日米間の国際電話は3分間450円という信じられない高さであった。他社の参入でみるみる価格は下がり、サービスも向上した。

 規制緩和先進国である米国では実に多くの分野で規制緩和が進められてきた。電話はもちろんのこと、飛行機やテレビ局、電力など、様々な分野で規制緩和が行われている。競争激化の弊害も見られるが、少なくとも消費者の利便性という意味では、規制緩和は効果を上げているといってよいだろう。

 もちろん規制緩和には反対の声もある。独占もしくは寡占のメリットを享受していた企業にとっては、規制緩和は経営環境の悪化を意味する。利害関係者にとっては当然受け入れ難い。また消費者の側にも競争激化をよしとしない価値観が存在している。日本ではこうした声が強く、あまり規制緩和は進んでいないのが実情である。

道路という公共物を利用するビジネスの特殊性
 タクシーは小泉政権時代における規制緩和路線の象徴とされた。2002年の道路運送法の改正によって台数の総量規制が撤廃されたことで、台数は大幅に増加し競争が激しくなった(図1)。一時は規制緩和前より10%近く台数が増加したが、運賃は下がらずサービスもあまり向上しなかった。タクシーを利用する顧客は減少の一途を辿っており、現在では減車を行っているが、それでも過当競争が解消されていないという。こういった経緯から、タクシーの事例は規制緩和がうまくいかないことの象徴になっている。


 だがタクシーという業界は、そもそも規制緩和の象徴とするには、あまりふさわしい業界とはいえない。それは、タクシーというビジネスモデルそのものが抱える特質と独特の業界慣行にある。
 タクシーというビジネスは、小売店といった通常のサービス業と異なり、税金で整備された道路を利用して営利事業を行うという特殊な業態である。しかも立地という制約がないため、差別化がしにくく、無制限に参入を認めると過当競争になりやすいという土壌がある。

タクシーはそもそも過当競争体質を抱えている
 例えば外食などのサービス業は、規制がゼロであっても、よい立地を確保するためには、高いコストが必要となる。無制限に出店することはそもそも不可能であり、結果として出店数は市場メカニズムによって調整されることになる。また他店よりもサービス水準が低ければすぐに淘汰されてしまうため、能力の高い事業者しか生き残ることができない。

 だがタクシー業界は少々事情が異なる。図1を見れば分かるように、タクシーを利用する乗客の数はここ8年で40%も減少している。市場が4割なくなっているにも関わらず、台数は1割しか減っていないのだ。
 タクシーというビジネスは、立地という制約がなく、車両さえあれば、公共財である道路を使ってすぐにビジネスを始めることができる。しかも乗車する前にそのサービス内容を確認することが難しいので、差別化がしにくい(もちろん会員制などやり方はいろいろあるが)。このため、参入が極めて容易で、かつ過当競争になりやすい。市場メカニズムが働きにくい仕組みがビジネスモデル自体に内包されているのである。この状況にさらに拍車をかけているのが、タクシー業界に特有の歩合制に偏った給与体系である。

特殊な給与体系がもたらすもの
 タクシーの運転手は歩合制の割合が極めて高い特殊な賃金体系になっており、基本的に客を乗せないと給料を稼げない仕組みになっている。運転手の努力によってある程度、稼働率を上げることはできるが、「流し」で客を見つけるという業務の性質上、実車率は「運」に左右されるところも大きい。本人の努力とは関係ない部分で、業績連動給を強いられているというのが実態だ。

 しかも困ったことに、タクシー会社の一部には、最低賃金を守らないところも散見される。

 そのような状態が放置されてしまうと、タクシー会社側は客が乗らない場合には、運転手の給料をひたすら下げればよいだけなので、あまり企業努力をしなくなってしまう。

 さらに客の数が少なくなって、経費を捻出するのが難しくなるまで、その状態は放置されることになる。ここにきて減車という話になっているのは、運転手の賃下げが限界に来て、事業者が利益を出せなくなっているという背景が大きいと考えられるのだ。

 もしタクシー業界が、歩合給ではなく、時間給で運転手に給料を払い、事業リスクについて従業員ではなく、事業者が負うという、世間ではごく当たり前の業界慣行になれば、きちんと市場メカニズムが働き、規制緩和を行っても適性な台数でとどまっていた可能性が高いのである。

規制緩和の効果が高い業界と低い業界がある
 本来は事業者がリスクを負担すべきビジネスインフラ(タクシーの場合には道路)をタクシーの場合は税金でカバーしてしまっている。タクシー会社が負担すべきリスクを国民が負担しているので、タクシー会社は必要以上に台数を増やすことが可能になるという構図だ。そこに加えて歩合給に偏った賃金体系が、事業者にひたすら台数を増加させるインセンティブを与えてしまっている。

 規制緩和は、市場メカニズムが作用しやすい市場で実施してこそ意味がある。同じ公共的な事業でも飛行機や電話のように、事業者が相応のリスク負担をしなければならない業種であれば、うまく機能する可能性が高い。その意味で,税金の投入で市場が最初から歪んだ状態にあるタクシーという業種は、規制緩和の試金石にするには、適当ではなかったのかもしれない。
 小泉改革が頓挫して以降、日本では規制緩和の議論はイデオロギー論争のような状況となっている。だが本来であれば、メリットとデメリットを比較検討し、論理的に議論ができるテーマであるはずだ。不毛な論争からはそろそろ卒業すべき時が来ている。

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