変わる日本の国際収支

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 日本の国際収支の状況が大きく変化している。日本経済は製造業が海外に製品を輸出して貿易黒字を蓄積するという典型的な輸出主導型であった。だが日本企業の国際競争力は低下しつつあり、日本はこれまでに蓄積した黒字を海外に再投資し、その投資収益で黒字を確保する構造に変わりつつある。

 国際収支はその国の成熟度に合わせて状況が変化していくという「国際収支発展段階説」と呼ばれるものがある。日本はこれまでのところ、この発展段階説に沿って忠実に進化してきている。貿易赤字を投資収益がカバーすることで経常黒字をキープするという最近の国際収支のトレンドを考えると、日本は「成熟した債権国」のフェーズに突入しつつある。

 だが問題はその後である。成熟した債権国はやがて債権取り崩し国になるのだが、そのまま債権を取り崩して一方的に貧しくなっていくのか、新しいサイクルに突入するのかで、その国の将来は大きく変わってくる。

貿易赤字が定着したが経常収支が赤字にならないワケ
 日本は震災以降、貿易赤字が完全に定着している。原発の停止によってエネルギー需要が増大したことがきっかけだが、理由はそれだけではない。日本企業の競争力が低下したことで輸出が伸び悩んでいるのだ。また部品製造を国内からアジアに移転する企業が増えたことで、一部の製品は輸出そのものがなくなってしまったという側面もある。

 貿易赤字が増大すると、日本の富が海外に流出してしまうというイメージがあるが、そうはなっていない。貿易赤字が続いているにもかかわらず、国の最終的な収支である経常収支は、黒字をキープしているのだ。
 その理由は、海外に投資した資金からの投資収益(所得収支)が増加しているからである。日本は高度成長期から輸出で獲得した外貨を積み上げてきた。現在ではこの外貨の運用益が貿易赤字をカバーしている。
 日本はかなり以前からこうした投資収益でメシを食う金融立国になっている。2007年にはすでに貿易黒字を投資収益が上回っていた。最近になって貿易赤字が定着してきたことで、この事実がクローズアップされているに過ぎない。

 これまでの投資収益は米国債での運用益が中心だったが、最近、特徴的なのは、製造業の海外移転に伴う直接投資収益の増加である。工場が海外に移転すると、海外では現地法人が設立され、製造はこの現地法人で行われることになる。日本からは製品を輸出しないので貿易黒字は減少するが、代わりに現地法人からの配当収入が増加する。これが直接投資による投資収益が増加した理由である。

日本は成熟した債権国のフェーズに
 経済学の世界では、国際収支がその国の成熟度に合わせて進化していくという「国際収支発展段階説」というものがある。発展段階は6つあり、海外からの資金に頼る未成熟な債務国からはじまり、債権国へと転じ、最終的には債権を取り崩すという流れになっている(図1)。


 日本の戦後の国際収支は基本的にこの発展段階説に沿って変化してきた。図2は日本の国際収支の変化と発展段階区分を記したものである。
 国際収支統計は基準の変更があるため、厳密には連続したデータとして取り扱うことができない。ここではデータの連続性が保てるようデータの読み替えを行っている。特に所得収支については、貿易外収支という形で所得収支以外の項目も含んでいるが、おおまかな傾向はつかむことができる。


 戦後間もなくは、焼け野原からの復興であるため、国際収支の統計データも変動が大きい。統計データが安定してくるのは1955年以降なのだが、その時点ですでに、日本はすでに第2段階である「成熟した債務国」のフェーズに入っている。当時の国際収支は貿易収支は黒字、所得収支(投資収益)は赤字、資本収支は黒字、経常収支は赤字となっている。積極的に輸出を行い貿易黒字を稼いでいるが、貯金はまだ貯まっておらず投資収益は少ないという状況である。また資本収支が黒字であることから、資金の一部は海外からの投資に頼っていることが分かる。

蓄えを使い切った後はどうなるのか?
 だが日本はその後、すぐに資本収支がマイナスとなり、資金提供を受ける側から資金を投資する側に回る。発展段階説でいえば「3債務返済国」である。この時期には貿易黒字も拡大し、富の蓄積が始まっている。

 その後バブル経済を境目として、日本は輸出主導の途上国から成熟国に変化しはじめる。海外投資の残高が増加し、投資収益が拡大してくるのはこのフェーズからである。発展段階説では「4未成熟な債権国」に該当する。そして震災後は冒頭でも触れたように、貿易赤字を投資収益がカバーするという「5成熟した債権国」となった。
 今後しばらくはこの状態が続くが、やがて海外へ投資する資金は減少し、海外から資金が流入するフェーズに入ってくる。経常収支もとうとう赤字に転落し「債権取崩し国」という最終段階に入る。

 この発展段階説は債権取崩し国がその後どうなるのかについては言及していない。だが一般的な解釈では発展段階説は循環的な性質を持つとされ、債権取崩しが終了すると、どこかの段階に戻って新しいサイクルに入ることになる。成熟した債権国や債権取崩し国がある程度豊かな社会であることは想像できるが、問題はその後である。また貧しい途上国からスタートしなければならないのだろうか?

米国は新しいサイクルに入りつつある
 これについてはまだ明確な解答が得られているわけではない。だが日本よりも先に先進国になった米国の状況は、今後の動向を考える上で参考になるだろう。

 米国は第二次世界大戦より前に、すでに輸出大国になっており、「4未成熟な債権国」のフェーズに入っている。1980年代にこのフェーズに入った日本と比べるとかなり先を行っている。だが成熟した債権国のフェーズは思いのほか短期間で終了し、現在は完全に最終段階である債権取崩し国の状態になっている(図3)。


 だが米国はすでに次のフェーズに向けて経済構造が着々と変化してきている。ここ20年の米国は多額の貿易赤字でドルを世界にバラ撒き、一方で世界に投資機会を提供することで、世界から資金を集めていた。膨大な貿易赤字を資本流入でファイナンスするというパターンである。

 だがこの流れを大きく変える出来事が進行している。それはシェールガス革命である。米国では安価なシェールガスの採掘が急ピッチで進んでおり、2020年までに米国は天然ガスの純輸出国になるとみられている。また2035年までに米国はエネルギーを完全自給できるようになるとの予測もある。米国の経常赤字の多くは石油の輸入によるものなので、もし米国が石油を自給できるようになると、米国の経常収支は劇的に改善する。

時間があるうちに日本が考えなければならないこと
 経常収支が改善すると、必然的に資本収支がプラスからマイナスに転じることになる。もし経常収支がプラス、所得収支もプラスで資本収支がマイナスということになると、4段階目の「未成熟な債権国」となり、少し前の日本のフェーズから再スタートを切ることになる。

 そうなると米国はもう一度、多額の経常黒字を蓄積し、対外資産をさらに拡大させてから、もう一段階上の成熟国に成長することになる。米国の経済力は再び圧倒的なものになるだろう。

 実際米国がそうなるのかはともかくとして、問題は日本である。債権取崩し国になった時、米国や現在の英国のように他国から資金を集めてくることが可能となるのか?またその後、債権取崩し国としてのフェーズが終了した時に、どの段階まで逆戻りしてしまうのか?という疑問が出てくる。1段階や2段階目まで戻ってしまう場合には、日本社会は相当貧しくなることを覚悟する必要がある。

 幸い、債権取崩し国になるまでには、まだ多少の時間がある。産業構造を劇的に変化させている米国とは異なり、日本の産業構造は高度成長期のままだ。量的緩和策を軸とした景気回復も重要だが、さらに長期的な動向を見据えた構造転換も忘れてはならないだろう。

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