為替を動かす正体を探る(第2回)

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 前回は、物価や金利、あるいは量的緩和策が為替レートに与える影響を過去の長期推移を用いて実証的に考察してみた。今回はその国の経済力や国際収支が為替レートに与える影響について考えてみたい。

経済成長は必ずしも通貨の価値を高めるわけではない

 強い国の通貨は、資産価値が高く魅力的であるため、より買われる傾向が高いというのは納得のできる考え方である。しかし、経済成長率が高い国は物価も高くなる傾向があるため、購買力平価理論とは矛盾する部分もある。本当のところはどうなのか?
 図5は、市場レートと実質GDP成長率の比率を基にした理論レートを記載したチャートである。

 前回に用いたチャートと同様、1978年1月の為替レートを基準に、実質GDPの成長率の比率をもとに理論的な為替レートを算出している。GDP成長率が高い方がその通貨も高くなり、成長率が低いと通貨も安くなるという考え方に基づいている。
 実質GDP成長率による理論レートは、1990年を境にトレンドが逆転している。このことは、1970年から1990年までは相対的に日本の成長率が高く、1990年以降は米国の成長率が高いことを示している。
 実際、双子の赤字に悩まされた70年代、80年代の米国は、経済状況が思わしくなく、一方日本はバブル経済によって未曾有の好景気となっていた。しかし、89年のバブル崩壊をきっかけに日本は20年にわたる不況に突入し、一方の米国は、クリントン政権による情報ハイウェイ構想をきっかけにIT産業が急成長し、好景気が続いた。
 GDP成長率をもとにした為替レートは、90年前半までは、市場レート同じトレンドを描いていたが、それ以降については、実際の市場レートとは逆の動きを示しており、相関性が高いとはいえない。

為替の先行指標となる経常収支の動向

 続いて国際収支による為替レートについて検証してみよう。
 国際収支に関してもっとも頻繁に使われる指標が経常収支である。経常収支は、貿易サービス収支、所得収支、経常移転収支を総合した収支のことである。
 貿易サービス収支は、文字通りモノやサービスの輸出入の収支をとりまとめたもので、輸出超過になれば貿易サービス収支は黒字になる。日本は製造業が中心の産業構造となっているため、貿易収支は大幅な黒字、サービス収支は赤字で、総合すると貿易サービス収支は黒字というのが定常状態である。
 所得収支とは、海外に投資した資金から得られる利子や配当の収支である。海外からの借金が多く利払い超過すると収支はマイナスとなる。
 日本は貿易によって得られた外貨の多くを海外に再投資(ほとんどが米国債)しているため、所得収支は常に大幅な黒字である。しかも、貿易収支を所得収支が上回る傾向にあり、日本はもはや輸出ではなく、投資による配当で生活するという成熟国家的な収支構造となっている。経常移転収支は経済援助や労働者の海外送金などが該当し、日本は常に小額の赤字である。
 総合すると、日本は貿易サービス収支の黒字と配当収入による黒字が重なり、経常収支は常に大幅黒字が続いてきた。経常収支が黒字ということは、獲得した外貨を売って、日本円を調達する動きが常に発生していることを意味しており、円高をもたらす大きな要因となる。
 図6は、市場レートと経常収支を比較したチャートである。

 経常収支は金額の変化が大きく、為替レートの理論値を計算することが難しいため、本チャートでは、四半期ごとの経常収支について目盛を反転させて直接記載した。
 経常収支の動きは、ドル円の市場レートの動きと連動性を見せている。特に1980年以降については、経常収支は市場レートの先行指標的な動きとなっている。2007年以降、経常収支のトレンドが変わりつつあり、これは今後の為替動向の変化を示唆しているのかもしれない。

日本の経常収支動向が暗示するもの

  マクロ経済的に考えると、経常収支の動きは物価の動きと関連性が高い。
 経常収支の黒字が続くと、常に円買い圧力が生じ為替が円高に振れやすくなる。円高は輸入物価を引き下げるため、全体的な物価下落の力が働く。さらに日本は獲得した外貨をそのまま米国に再投資しているため、経常黒字が直接的な購買力の増加につながらない。
 外貨の円転が円高圧力となり、これによって輸入物価が押し下げられ、購買力平価によってさらに円高が進んでいるのだとすると、円高の本当の原因は経常黒字ということになる。
経常黒字の蓄積が円高の真の原因だとすると、円高トレンドが終了し、円安に転じるのは経常収支がマイナスになる時である。
 図7は2006年以降の日本における経常収支の推移(月次)を示したグラフである。

 日本は黒字国なので経常収支は基本的にプラスである。しかし日本の実情は、一般的な貿易黒字国のイメージとはかなり異なったものになっている。
 多くの日本人が、日本は勤勉なモノ作りの国であり、工業製品の輸出によって黒字を確保していると考えている。しかし、実際はまったく逆である。
 図6のグラフにおいて、経常黒字の中核となっているのは、貿易による黒字ではなく、所得収支、つまり投資から得られる利子や配当なのである(グラフの青色の部分)。確かに、昔は工業製品の輸出で稼いでいたが、現在では、投資による配当がそれを上回っている。日本では、お金でお金を生み出すことを嫌う風潮が強いが、日本はまさにお金でお金を生み出して生活しているのである。このような国は他にはほとんど見当たらない。
 日本の経常収支の中心は配当収入であり、輸出が好調な時は経常収支が大きく増加し(グラフの2007年から2008年にかけての期間)、逆に輸出が低調になると経常収支がその分減少する(リーマンショック後の2009年と東日本大震災後の2011年以降)仕組みだ。

円安への歴史的転換点はいつか?

 ここで注目しなければならないのは、貿易赤字となった後の回復状況である。リーマンショックによって2009年前後は貿易赤字となり経常収支が減少した。その後2010年には輸出が回復し再び貿易黒字となったものの、貿易黒字の額は2008年よりも少なくなっている。
 つまり、なんらかのショックによって貿易赤字が発生すると、次に回復した時には、その前の時期よりも黒字幅が縮小しているのだ。
 このことは、日本の製造業の国際競争力がじわじわと低下していることを示している。日本メーカーが絶対的に優位と思われていた家電やAV機器の分野も、現在では、韓国に完全に追い越されている。また日本の生命線ともいえる自動車産業においても、他国のキャッチアップはすさまじい勢いだ。日本車の燃費性能の高さは絶対的と思われていたが、最新車種では、韓国メーカーに抜かされるという事態が発生している。これはかなり深刻な状況である。
 2011年3月の大震災によって国内の生産拠点が打撃を受けたことから、4月以降は輸入超過が続いている。これは一時的なものであり、その後輸出は回復すると思われる。しかし、回復後の貿易黒字の金額が、震災前を上回らない場合は、今後さらに貿易黒字は縮小していくと考えるべきである。
 日本の製造業の衰退を主な原因とする経常収支の長期的減少傾向が、市場において明確に認識された時、円高から円安への歴史的な転換が起こるはずである。
 やはり円安への備えは必要である。

(本記事はこれが最終回です)

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