金融工学の嘘とホント(第2回)

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前回から続く)

不確実性の理論を使っても利益が上げられるわけではない
 それでは、ベキ分布に代表される「不確実性の理論」はどのような位置づけになるのだろうか?
 ベキ分布の理論では、株価がランダムに動くことが前提となっている。その意味で伝統的な金融工学の延長線上にあるといってよい。
 しかし、伝統的な金融工学では、株価はランダムに動き、かつその確率的分布は正規分布に従うということになっているが、ベキ分布の理論では、株価はランダムに動くものの、その確率分布は正規分布ではなくベキ分布に従うとしている。
 この点においてベキ分布の理論は、伝統的な金融工学の範疇ということになる。
 一方、ベキ分布の理論では、株価は過去の動きと関連があるとしている。株価が大きく動いた後には、さらに大きく株価が変動する確率が高く、しばらくの期間は一方向に動きやすくなる(トレンドが形成されやすい)。この点においては、伝統的な金融工学と異なり株価にはある程度の法則性を認めていることになる。
 整理すると、以下のようになる。

 ・株価はランダムな動きをするが、その分布は正規分布ではなくベキ分布となる
 ・株価の動きは過去の動きと相関がある
 ・株価は一定期間トレンドを形成しやすい

 投資家にとって重要なのは、将来の株価動向について予測することが可能かという点だが、これについては、株価がランダムで一定の確率分布に従うという点からすると、基本的には株価の予測は不可能ということになる。また過去との相関性についても、変動幅とトレンドの形成がある程度予測できるだけで、直接的に株価を予測することにはつながらない。
 したがって「不確実性の理論」が定着したとしても、投資パフォーマンスを直接向上させることにはならないだろう。

投資家は「不確実性の理論」をどう生かすべきか
 では、投資家にとってベキ分布の理論はどのような影響をもたらすだろうか、あるいはどのように役立てることができるだろうか。
 もっとも大きな影響は、長期的なリターンの予測が大きく変わってしまうことである。
 長期的な投資のリターンを予測する場合、通常は1年毎の株価変動を正規分布であると仮定して、その確率分布が毎年継続するという前提でシミュレーションを行う。このシミュレーションの結果、何%のリターンを得る人が何%いるのかという割合が計算され、その投資の有効性を判断することができるという仕組みだ。具体的には以下のような方法でシミュレーションを行う。
 図2は日本株(TOPIX)の過去60年間における年率リターンの分布を示したものである。分布の形状は釣鐘型になっているようにも見えるし、そうでないようにも見える。伝統的な金融工学では、この分布の形状が正規分布であると仮定して話を進めていくわけである。

 この分布が正規分布だとすると、平均値は9.8%、標準偏差は28.7%と計算される。つまり日本株は過去60年の実績からすると、年間平均9.8%値上がりしていて、その変動幅は約68%の確率で±28.7%の範囲に収まるということである。
 将来を予言することは不可能なので、シミュレーションにおいては過去の動きが踏襲されると考える。具体的には、さきほど計算したように、TOPIXが平均値9.8%、標準偏差28.7%の正規分布と仮定して、10年間投資を継続したとしてリターンを計算するわけである。
 このときの投資リターンの分布を示したのが図3である。ここではモンテカルロシミュレーションという方法を用いて、上記の条件で2,000回のシミュレーションを行っている。

 横軸は投資リターンを示しており、投資をスタートした時点での金額を1とすると、10年後にその何倍になったのかを示している。縦軸は確率を示している。横軸のリターンを実現できる投資家は全体の何%であるかが分かる。例えば、投資リターンが1.0倍の投資家、つまり10年間投資して損も得もしなかった人は、全体の約2.7%ということになる。

4割の投資家が元本割れを起こす
 ここで注目してほしいのがグラフの形状である。
 グラフは左側(投資リターンが低い側)に偏った形状になっている。1年ごとの投資リターンは図1のように左右対称の正規分布なのだが、投資リターンのグラフは低い側に偏った形状になってしまう。このことは、多くの投資家がよい成績を上げられないことを示している。
 グラフの中で赤色をしている部分は、10年後の投資リターンが1.0倍以下だった人である。投資リターンが1.0倍を切る人は全体の約40%にものぼる。また、この分布で山がもっとも高い部分の投資リターンは約0.4である。つまり、多くの人が元本割れを起こして資産を半分程度に減らしてしまうことを示している。
 さらにグラフのもっとも左側には、資産がほぼゼロになってしまう人も存在する。全体からすればごくわずかだが、資産がゼロというのは痛い。
 一方、リターンが高かった人の割合はかなり少ない。最も高いリターンを出した人でも10年で5.5倍程度のリターンとなっている。以上が正規分布を前提とした10年間の投資シミュレーションの結果である。
 この結果には多少の違和感がある。
 もっとも高いリターンを出す人でも10年間で5.5倍というのは少なすぎるのではないかという疑問である。また40%の人が元本割れというのも非現実的な印象だ。

現実の感覚に近いベキ分布のシミュレーション
 これまで過去のTOPIXの動きを正規分布であると仮定してきたが、本当のところどうなのだろうか?
 株価の分布が「ベキ分布」に従っているのかを評価するモノサシのひとつに「ハースト指数」と呼ばれるものがある。ハースト指数は、ナイル川の洪水の規模を予測するモデルを作成したハーストにちなんで付けられたもので、同氏の理論は投資におけるベキ分布の普及に大きな役割を果たした。
 ハースト指数の詳細は割愛するが、本稿で用いたTOPIXの過去60年のリターン分布を分析するとハースト指数は0.38となる。この数値は逆変動の動きを持ったパターンと判断できる。つまり株価はまったくランダムに動いているのではなく、大きく下落したり上昇した後には、その逆の動きをしやすい傾向を持つ動きということになる。
 株価の動きがランダムではないとすると、厳密には正規分布をあてはめることはできなくなる。そこで、過去60年の株価変動とまったく同じパターンをあてはめ、正規分布でのシミュレーションと同じように、ベキ分布を使った10年間のシミュレーションを実施した。
 図4はベキ分布を使った10年間の投資シミュレーションの結果である。図3と同様に、10年後の投資リターンの分布を示したものである。ただし、正規分布のグラフを重ねて両者を比較しやすいように、折れ線グラフとした。

 ベキ分布を使ったシミュレーション結果では、投資リターンの分布はかなり広いものになった。リターンが高い人では、8倍以上に資産を増やしている。また、もっとも頻度が高い結果は1.0倍から2.0倍の間に均等に分布している。
 投資リターンが1.0倍以下、つまり元本割れした人の割合は約28%と正規分布に比べると大幅に少ない。また1倍から2倍の間になった人は約30%存在している。5倍以上に増やすことができた人は約8.5%である。
 一方注意しなければならないのは、投資リターンがほぼゼロになってしまう人の割合である。正規分布を前提としたシミュレーションでは、そのような人はほとんど存在しないという結果になったが、ベキ分布を前提にしたシミュレーションでは、無視できない値となる。10年間の投資で資産を10分の1以下にしてしまう人の割合は、ベキ分布では2%となる。2%とはいえ、資産を10分の1にしてしまうという結果はかなり厳しいといえよう。
 総合的に考えると、ベキ分布でのシミュレーションにおいてリターンの分布はかなり広いものになり、平凡なリターンをあげることができる人の割合も正規分布よりも増加する。一方で、資産をほぼゼロにしてしまう人や極めて高いリターンを得る人も少なからず存在することになる。この結果は実際の投資に感覚に近いものといえるだろう。

 当たり前のことだが、新しい投資理論を使ったからといって確実に儲かるということはありえない。しかし、ベキ分布を使った不確実性の理論はポートフォリオの構築に有益な情報を与えてくれる。やはり金融工学は金融工学であり、それ以上でもそれ以下でもないようだ。

(本記事はこれが最終回です)

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