アベノミクスと賃上げ

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 アベノミクスの効果と賃金上昇をめぐってちょっとした議論が沸き起こっている。きっかけになったのは安倍首相らの財界に対する賃上げ要請と、それに応えたローソンの新浪社長の発言である。
 安倍首相は2012年2月12日、経済3団体のトップに対して、デフレ脱却のため賃金を上げるよう要請した。これに対して、経団連の米倉会長は「業績が良くなれば賞与などに反映させる」として全面的な賃上げには慎重な姿勢を示した。一方、産業競争力会議のメンバーでもあるローソンの新浪社長は、子育て世代を中心にグループ正社員の給与を平均3%引き上げることを表明し、アベノミクスに率先して協力する姿勢を示した。

賃金の上昇はアベノミクスに貢献するのか?
 安倍首相と新浪社長による一連の発言は、実は非常に奥深い問題を提起している。物価目標を軸とする緩やかなインフレ政策が、どのようなメカニズムで経済成長をもたらすのかについて、実は誰も明確に説明できていないという事実を浮き彫りにしたからである。

 一般的にインフレ期待があると物価や株価が上昇し、資産効果によって消費が増加することになる。その時、賃金を上げた方が消費が増えて経済成長にプラスとなるのか、それともインフレを加速するだけなのかは、実はよく分かっていない。
 安倍首相の賃上げ要請やローソンの新浪社長の見解は前者ということになるのだが、これに対して、名目賃金を抑制した方が実質賃金の下落と雇用の拡大につながり、波及効果が大きいという考え方もある。賃上げは実質賃金を上昇させ、雇用の拡大を阻害して失業者との格差を拡大させるからだ。

 この考え方は、いわゆるフィリップス曲線で説明されることが多い。インフレ率が上昇すると、実質賃金が下落することで雇用が拡大、失業率が低下してくるというもので、失業率を横軸、インフレ率を縦軸にすると、右下がりの曲線を描くことになる。1960年代の米国で顕著だったといわれる。図1は米国における各年代のフィリップス曲線を示したものである。
 確かに1960年代にはインフレ率と物価上昇率のグラフは明確な右下がりとなっている。だが1970年代や1980年代前半はむしろ形状が逆になっており、インフレ率の上昇と失業率の上昇が同時に観察される。


賃金と景気の関係は様々
 同じインフレ率であっても失業率に違いが出てくるのは、賃金の動向に大きく影響していると考えられる。図2は、1960年以降の米国における賃金と物価、それに失業率の推移を示したものである。
 1960年代は物価の上昇に比べて賃金の上昇が大きく、同じインフレでも実質賃金はさらに上昇している。失業率が順調に低下していることを考えると、実質賃金の低下による雇用増加というよりも、健全な経済成長によって雇用が増大した側面が大きいと考えられる。


 むしろ賃金抑制による効果が大きかったのは、80年代後半以降である。81年に就任したレーガン大統領は、大胆な規制緩和と減税を軸した経済政策(レーガノミクス)を提唱し、米国経済を見事に復活させた。その後、好調な経済は90年代以降も続き、ITとグローバル化の進展によって景気循環がなくなるとまでいわれた(ニューエコノミー論)。
 80年代後半以降は、物価の上昇に対して賃金は抑制気味であり、実質賃金は低下した。このため雇用は拡大し、失業率は一貫して下がり続けたのである。

賃上げはスタグフレーションをもたらすのか?
 一方、1970年代から80年代前半は米国がスタグフレーション(物価上昇と景気低迷)に苦しんだ時代である。だが意外にも賃金は物価とともに上昇しており、実質賃金という意味では横ばいであった(労働組合の影響が大きいといわれている)。だが失業率は増加の一途をたどり、一時期は10%近くまで上昇している。70年代の米国を見ると、賃上げはインフレを加速させるだけという主張が正しいようにも見える。

 結局のところ、賃金の上昇が経済成長と雇用拡大につながるのかは、その時の基本的な経済環境によって変わってくるらしい。もしアベノミクスによって日本が本格的な経済成長を実現できるのであれば、賃上げは消費を拡大させ、雇用も増加してさらに経済成長を加速させることになるだろう。

 だが、企業の競争力低下とそれに伴う通貨安という70年代米国型のインフレということであれば、賃上げはまさに逆効果ということになる。エネルギー価格の上昇、財政収支の悪化、企業の競争力の低下など、日本をとりまく環境は1970年代の米国と非常によく似ている。もしそのような傾向が顕著であるならば、賃金の上昇は抑制し雇用拡大を重視した方が、全体的な効果は大きいだろう。

国家破たんを前提にしたインフレの場合
 一方、少数派ではあるが、アベノミクスによる量的緩和策の拡大が、日本の財政不安を増大させ、インフレが制御不能になると危惧する向きもある。そこまでひどくなくても、インフレが進むと物価の上昇に賃金が追い付かず、生活が苦しくなると考える人も少なくない。

 だが70年代の米国の例を見てもわかるように、賃金と物価にはそれほどの差は生まれていない。むしろ80年代以降のように、経済が好調になってくると物価と賃金の差が大きくなってくるのだ。給与しか所得がなく資産を持っていない、いわゆる「一般庶民」にしてみれば、むしろ景気が悪い方が物価高の影響が少ないという皮肉な状況となっている。

 ただこれも国家の信用が崩壊するレベルのインフレとなると話は別である。1950年代から現在まで何度もハイパーインフレと国家破たんを繰り返しているアルゼンチンでは、しばしば賃金の上昇が物価に追い付かない局面が観察されている(本誌記事「国家破たんの研究。アルゼンチンの事例から学べること」参照)。アルゼンチンでは50年代だけで2回、物価水準が賃金水準を15%~20%ほど上回る時期があった(図3)。

 ハイパーインフレは60年代以降も続くのだが、価格統制が導入されていることから、統計上は物価が賃金を著しく上回る事態は観察されない。だが現実には、統制価格外で購入しなければならないケースは多く、実態はさらに悪くなっていた可能性が高い。

価格統制は現実を覆い隠す
 アルゼンチンの価格統制というと、軍事政権が続いた遥か遠い国の出来事というイメージだが、実は日本も他人事ではない。日本は戦争中に強力な経済統制を実施した過去があり、基本的な国の統治機構は当時と大きく変化しているわけではないからだ。

 日本は太平洋戦争前後に準ハイパーインフレともいうべき猛烈なインフレを経験している。インフレの原因は名目値で国家予算(一般会計)の100倍という途方もない戦費調達(国債の日銀直接引き受け)による財政破たんである。1941年の太平洋戦争開戦時から終戦後インフレが収束する1952年までの間に小売物価指数は180倍近くにもなった(本誌記事「インフレから身を守る方法」参照)。

 戦争中は国家総動員法によって価格統制が実施され、戦後は物価統制令によって生活必需品を中心に価格統制が実施された。図4は太平洋戦争前後の日本における賃金と物価推移を示したものである。

 電気料金や鉄道運賃は統制価格の対象となっており、価格は政府によって決められていた。このため賃金の上昇スピードよりも低く抑えられており、見かけ上はインフレで生活が困窮するようにはなっていない。だが現実には戦争中は極端なモノ不足に陥り、生活必需品は配給でしか入手できない状況となった。戦後は物資は供給されたものの、いわゆる闇市と呼ばれる自由市場でしか手に入らず、物価は跳ね上がった。

 赤で記載したグラフは、闇市などのデータをもとにした物価指数の推定値である。戦争による財政インフレは日中戦争が始まった1930代後半からすで深刻になっており、太平洋戦争中には相当なレベルまで進行していたと思われる。物価が落ち着き、賃金が物価水準を超えるのは1950年以降のことである。

 戦後の物価統制令は決して過去のことではない。つい最近まで物価統制令は続いていたからだ。1952年には多くの統制が撤廃されたものの、米の価格統制は1972年まで、アルコールは2001年まで続いた。銭湯のように現在でも統制価格が残る分野もある。
 価格統制はみかけ上インフレを鎮静化させる効果があるが、状況を改善させるわけではない。むしろ闇市など非合法なマーケットを増長させるだけである。はたして現在の日本で戦争の教訓は生かされているのだろうか?

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