安倍政権の経済政策(アベノミクス)を検証する

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 政府は1月11日、2回目となる経済再生本部を開催し緊急経済対策を正式決定した。安倍政権が当面の最優先課題に掲げる経済政策(アベノミクス)の第1弾であり、総事業費は約20兆円、政府政府支出分が約10兆円の規模となっている。

 安倍政権は経済対策の柱として、①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略の3つを掲げている。安倍首相自身は(ネーミングのセンスはともかくとして)これを「3本の矢」と表現しており、緊急経済対策もこの3つの考え方に基づいて作成された。

 市場は安倍政権の誕生に敏感に反応し、為替は一気に80円台後半まで下落、日経平均株価はあっという間に1万円を突破した。だがこれまでの市場の動きはあくまで期待値であり、その後も市場が堅調に推移できるのかは今回の緊急経済対策の中身にかかっている。緊急経済対策が継続的な景気の上昇につながるのか検証した。

2%の物価目標は妥当な数値か?
 アベノミクスの考え方を好意的に解釈すれば、量的緩和策を拡大し2%の物価目標を掲げること(金融政策)で資産効果を高めて実質GDPの上昇つなげる。さらに直接的な需要創造のために公共事業を復活させ(財政政策)、長期的な成長を促すための諸政策(成長戦略)を実施するということになるだろう。
 まず最初の課題は2%の物価目標が妥当かどうかという点である。2%という数字自体はグローバルに見れば妥当どころかむしろ過少ですらある。日本人の多くがあまり気付いていないが、長期間続いたデフレによって日本の物価は諸外国とあまりにもかけ離れた水準まで下落しているからである。図1は各国の物価推移を示したグラフである。


 日本は諸外国と比べてここ15年の間に物価水準が25%から40%近く乖離してしまっている。新興国である中国はともかくとして、近い経済水準にあるはずの米国やドイツとここまで差がついているのは尋常なことでない。各国がこれまで平均2%~3%で物価が上昇してきたことを考えると、2%の物価目標は少ないくらいである。

デフレが続いてきた本当の理由
 だが問題なのは、日本がなぜこれほどまでにデフレが継続してしまったのかという点だ。内閣府が発表した2012年7-9月期のGDPギャップは2.7%となっており、年間では約13兆円となる計算だ。実は日本は90年代後半以降、1度の例外を除いてGDPギャップは常にマイナスなのである。

 そもそも小泉内閣において構造改革が叫ばれたのは、自民党政権下における100兆円を超す公共事業支出にも関わらず一向に景気が回復せず、それは構造的な問題に起因するものと考えられたからである。だが日本は小泉内閣の終焉とともに、事実上構造改革を放棄しており、経済の基本構造は90年代のまま何も変わっていない。この間に米国やドイツは大胆な産業構造転換を行って付加価値を高めてきた。
 つまり日本経済の仕組みがとっくに時代に合わないものになっており、その結果、経済成長が実現できず物価も上昇しない状態が続いていると考えた方が自然なのだ。

 金融政策の実行力については疑問符がつく日銀だが、この点に関する日銀の理解は正しい。白川総裁は需給ギャップについて、旧態依然とした産業構造によって本来あるべき需要に供給側が対応できず「需給ギャップ」ではなく「需給のミスマッチ」が生じている可能性を何度も指摘している。
 このため、日銀がいくら資金を供給しても、企業は設備投資を行うことができず、資金がダブつくという状態が続いてきた。この状態でさらに緩和策を拡大しても、名目上の物価とGDPが上昇するだけで、実質GDPの数値が上昇しないということは十分に考えられる。

総事業費が20兆円となっていることには意味がある
 実は政府もそのことは百も承知である。安倍政権の経済対策は、全体像については財務省が、個別政策は経済産業省が主導している。財務省が考えていることは来年4月の消費増税を実現することただ一つである。消費税の増税には景気条項が付いており、現実に増税を実現するためには4-6月期のGPDを大幅なプラス成長に持っていく必要がある。このため財務省はそれを満たす水準の財政出動が何としても必要と判断しているのだ。

 ここで緊急経済対策の具体的な内容が意味を持ってくる。図2は緊急経済対策費のうち政府支出分10兆円の内訳を示したものである。復興防災対策費と暮らしの安全・地域活性化費用の多くがいわゆる従来型の公共事業となっており、直接的に需要を創出する役割を果たす。一方、また成長による富の創出(成長戦略)は支出の形態が様々(助成の形態だったりファンドの形態だったりする)なのですべての金額がただちに需要につながるかは不透明だ。だが地方や民間分をあわせた総事業費が20兆円であることを考えると15兆円程度は直接的な需要になると考えてよいだろう。


 現在年間13兆円のGDPギャップが存在していることを考えると、今回の緊急経済対策を実施すれば瞬間的ではあるが、デフレギャップをすべて解消することができる。そうなると4-6月期のGPDの数字は名目で2.5%程度のプラス成長となり、消費税増税の条件を十分に満たすことになる。実際、政府は実質ベースで2%成長が可能と試算している。
 今回の緊急経済対策の政府支出分の金額が10兆円で総事業費が20兆円であることは偶然ではないのだ。財務省は基本的に財政均衡論者の集まりである。あれほど国債の増発を嫌っている財務省が、安倍政権のバラ撒きともいえる財政出動のプランに乗ったのはすべて消費増税のためである。安倍政権の経済政策をめぐる財務省の一連の動きは、量的緩和による資産効果が十分には機能しないということを、財務省自身が認識していることをよく表している。

成長戦略は発展途上国向けの時代錯誤なものがほとんど
 公共事業による財政出動では乗数効果がほとんど得られないことはすでに分かっていることであり、量的緩和による資産効果も限定的ということになると、緊急経済対策終了後に景気はすぐに失速してしまうことになる。その後も景気回復を持続できるのかどうかは、3本の矢の最後の項目である「成長戦略」にかかっている。

 緊急経済対策における成長戦略の特徴は、「ターゲティング・ポリシー」というキーワードにすべて集約されている。
 「ターゲティング・ポリシー」とは産業政策の考え方の一つで、あらかじめ育成する分野を選定した上で、その分野を重点的に支援するやり方のことを指す。具体的にはスーパーコンピュータ「京」、iPS細胞、電気自動車の充電設備、施設の省エネ化などが想定されている。
 だがこのターゲティング・ポリシーという考え方は、先進国では完全に時代遅れのものとされている。これまで米国を中心に、特定産業を援助することの効果について様々な角度から検証が行われてきた。だがその結果得られた答えは、成熟段階に入った先進国において、成長する産業を政府があらかじめ特定することは不可能というものであった。

 もっと具体的にいうと、Googleの検索エンジンやAppleのiPhoneといった画期的な技術の登場を、事前に政府が予見してそれを助成することは不可能という意味である。無数の企業が市場で様々なチャレンジを行い、その結果としてGoogleやAppleは登場してくるということだ。これはもはや世界的なコンセンサスといってよい。

 その意味でターゲティング・ポリシーは発展途上国型の産業政策であり、先進国?である日本ではまったく効果を得られない可能性が高い。経済産業省は戦後一貫してターゲティング・ポリシーに基づく産業政策を実施してきた。その効果については諸説あり、ここでは議論しないが、少なくとも成熟段階に入っている日本経済において、効果を発揮しない可能性が高いことだけは確かだ。

日本経済は米国依存で回復軌道に乗る?
 以上のように、今回の緊急経済対策は消費税増税までの瞬間風速としては機能するものの、中長期的な景気拡大にはあまり寄与しない可能性が高い。

 だが、日本経済が継続的に成長するシナリオが残されていないわけではない。米国景気の回復と円安の継続である(本誌記事「安倍相場は継続するのか?」参照)。米国景気が順調に回復して北米向け輸出が増加すれば、とりあえず製造業の収益は向上する。さらにここに円安が加われば企業業績はさらに順調に伸びてくるだろう。
 足元の米国景気は見通しが明るくなってきており、米国主導で日本経済がとりあえずの回復を見せるというシナリオが現実味を帯びてきているのだ。

 だがこのパターンは2004年から2007年までの米国バブルの恩恵を受けた景気上昇と同じものであり、そうだとすると、その先の機会はもう訪れない可能性が高い。この景気上昇サイクルが日本経済にとっての最後のモラトリアムにならないことを祈るばかりだ。

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