会社の寿命は何年なのか?

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 バブル崩壊から20年以上が経過し、日本経済はようやく新陳代謝が進み始めた。前半の10年は不良債権処理に苦しみ2000年過ぎにようやく金融機関の淘汰が実施された。そこからさらに10年の期間を経て、とうとう日本経済の屋台骨である製造業の再編が始まったのだ。シャープやルネサスエレクトロニクスの経営危機、パナソニックやソニーの経営不振は、旧来のモデルが通用しなくなり、新しい社会形態に合わせて産業構造が変化しはじめていることを示している。

 経済が活力を維持し続けるためには、こうした産業構造の転換は不可欠である。長期的視点で投資を行う投資家にとって、このような変化はチャンスであると同時にリスクにもなる。いくら長期投資は年平均のボラティリティが低くなるといっても、成長しない業種に投資してしまっては元も子もない。企業とはそもそもどの程度の期間、順調な経営を維持することができるものなのか?企業の長期的な寿命に関して検証してみた。

企業の寿命は30年という話は本当か?
 企業の寿命を測定することは実は意外と難しい。そもそも何をもって企業活動の終了とみなすかのという定義が困難である。企業活動の終了は倒産だけとは限らない。合併するケースもあるし、経営陣や株主が入れ替わるケースもある。すべての企業を追跡することが難しいという物理的な制約もある。

 現実問題として多くの人知りたいのは、形式的に存在している期間ではなく、経営が順調である期間であることがほとんどだ。したがって企業の寿命に関する調査の多くは、資産や売上げなどの上位ランキングに何年間継続して入っているのかという基準で計算されることが多い。
 このようなやり方で計算された企業の寿命(正確にいうと好業績を上げることができる期間)は25年から35年程度になるといわれている。俗に「企業の寿命は30年」といわれているが、おおむねその数値は合っていることになる。ちなみに、戦後の上場企業に限定すれば、寿命はさらに長くなり50年を超えるといわれている。

 図1は100年前から現在に至るまで30年ごとの、資産規模もしくは売上げが大きい上場企業を列挙したものである(商社は売上げ規模が突出して大きいので除外してある)。戦前から戦後にかけては3回連続して登場している企業はなく、戦前企業の平均寿命は短かったことが分かる。戦後はトヨタ、日立、パナソニックなど3回連続登場する長寿企業が増えてくる。またほぼすべての企業が2回連続の登場となっており、戦後の企業寿命は長いことが想像される。


 米国のFortune500社ランキングなどを見ると、GEやフォードなど長期にわたってランクインする会社がある一方、30年で約半分の会社が入れ替わっている。日本と異なり米国では企業の寿命は短く、栄枯盛衰が激しいことが分かる。

120年を超えて上場を維持している日本郵船の株価
 それでは長期にわたって存続した企業の株価パフォーマンスはどのようになっているのだろうか?日本で最も長く上場を維持している企業は日本郵船である。同社は1886年(明治19年)からすでに取引所での売買が行われている。戦前はカネボウと並んで超大型主力株の一つであった。
 明治時代の主力産業は紡績と鉄道であった。紡績は大正時代に入って衰退し、一部の会社は繊維、化学、化粧品などに業種転換を図って生き延びた。また鉄道は明治政府の国有化によって多くが消滅したが、関東や関西に残っている私鉄は明治時代から継続して上場しているところも多い。
 大正時代に入ると、製糖、鉱山など一次産業に近い分野が中心ではあるものの、重工業やサービス業なども登場してくる。だが、現在も継続している有名企業の多くが登場するのはやはり昭和に入ってからである。松下、トヨタなどは、戦前の昭和期に設立された企業である。これに対してホンダやソニーは戦後昭和期の設立となる。

 図2は存続期間が異なる4社の上場以来の株価推移を示したチャートである。明治期の企業を代表して日本郵船、大正期を代表して日清製粉、昭和期(戦前)の日本製鋼所、昭和期(戦後)のホンダを取り上げた(日本製鋼所は外資系企業として1907年に設立されたが、軍需企業としての注目度の高さと上場次期から昭和企業としている)。


バブル期を境に長期投資の環境は激変
 各社の株価の動きは、戦前期、戦後高度成長期、バブル以降と3つの時期に分類することができる。
 戦前期は時期による上下はあるものの、総合的なパフォーマンスはほぼ一定になっている。これは株式の配当が現在よりも高額で、債券的な色彩が強かったことが大きく影響している。

 日本郵船は主力株だったこともあり、株価は時々の状況を色濃く反映している。大正時代のバブル経済真っ盛りの時にはかなりの水準まで買い進まれたが、世界恐慌が発生する1930年前後にはピーク時の10分の1近くまで売り込まれている。バブル崩壊やリーマンショックも真っ青である。
 日本製鋼所は当時も今も軍需企業である。大口径の砲身や原子炉の圧力容器など、この会社でなければ製造できない製品も多い。このため終戦時の下落幅は他の企業に比べて大きくなっている。製粉事業が主力の日清製粉は比較的安定していた。

 戦後高度成長期には各社の株価の動きに大きな違いは見受けられない。高度成長時代であり、どのような業種業態であっても一様に儲かり、株価も順調に値上がりした。この時期にホンダが登場してくるが、ベンチャー企業だからといって特別に高い株価成長を見せているわけではない。各社の上昇ペースはバブル崩壊までほぼ同じである。

 各社の動きに変化が見られるのはバブル以降である。自動車産業は、バブル崩壊以降も現在まで順調に成長が続いたことからホンダの株価も堅調であった。一方、バブルの影響を大きく受けた日本製鋼所はバブル崩壊後、株価はピークの10分の1まで下落した。日本郵船はバブル崩壊後何とか底入れし、2007年までの好景気で上昇したが、リーマンショックの影響をモロに受け現在は低迷している。日清は相対的にいつの時代も安定している。

 これらの動きから、バブル崩壊前後の日本経済の構造は大きく変化したことがわかる。全員が成長できる時代が終わり、企業の環境は短期間で変化するようになったのだ。冒頭で紹介した企業ランキングも、今後は米国並みに入れ替わりが激しくなることが予想される。

同じセクターでも銘柄が異なればパフォーマンスは大違い
 太平洋戦争終了後、日本の金融システムは、ハイパーインフレや預金封鎖などで壊滅的な打撃を受けたことから、戦前戦後を通じて株式投資を続けた人はあまり多くないと思われる。だが戦後は高度成長の波に乗り長期投資で資産を築いた人は多いはずだ。1947年に日本郵船に投資してバブル期に売れば実に500倍を超えるパフォーマンスであった(新株の増資を引き受けていればさらに金額が大きくなる)。ある意味、誰でも資産を築けるいい時代だったといえる。

 だがバブル崩壊以降は産業構造の変化が激しく、企業ごとのパフォーマンスの違いが際立つようになってきている。このような時代においては、時代の節目において投資するセクターを変更しないと大きな利益を得ることができないばかりか、同じセクターの中でさえも優劣がついてしまう。このことは時代が一足早く進んでいる米国の状況を見るとよりはっきりする。図3は米国の主要半導体企業の株価推移を示したものである。

 半導体黎明期から現在までの期間、何とかパフォーマンスを維持したのはTI(テキサス・インスツルメンツ)一社のみである。もっとも高いパフォーマンスとなったのは、フェアチャイルド・セミコンダクターの社員が独立して作ったベンチャー企業インテルであった。有力な社員が抜けたフェアチャイルド社は低迷し、ナショナルセミコンダクターに吸収合併され上場廃止となった。ナショナル社もその後は業績が芳しくなく、株価は長期低迷を続けたままだ。
 ラジオ製造会社からスタートしたモトローラは比較的堅調だったが、携帯電話部門が不調となり半導体部門と移動体通信部門が分離する状況になって現在に至っている。
 
 少なくとも株式投資において高いパフォーマンスが維持できる期間という意味で「寿命」というものを考えると、20年程度が限界かもしれない。単純に長期投資を行うだけでは、高いパフォーマンスを得ることは難しいようである。

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