所得格差と株価の不都合な真実

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 所得水準はその国の経済を表すモノサシである。所得水準がどのように変化しているのかを分析することができれば、長期投資において有益な情報となる。
 しかし、所得に関する情報は、自分の生活に直結する話であることから、情報の受け手が感情的になりやすい。このためマスメディアでは真実が報道されないことが多い。所得水準、特に相対的な所得分布の変化(分かりやすく言うと貧富の差)を分析すると、株式市場との明確な関連性が見えてくる。結論から先に言えば、貧富の差が拡大すればするほど株式市場は好調になる。我々はこの冷酷な事実を理解しておくべきだ。

所得分布(貧富の差)を客観的に分析する手法
 所得がどのように分布しているのかは、その時代の社会的、経済的構造を反映しており、これが大きく変化したときには、経済的、社会的パラダイムもシフトしていることが多い。
 所得の分布は経験則的にパレート分布に従うことが知られている。パレート分布とはベキ分布の一種で、右側に長い裾野を持った確率分布(いわゆるロングテール)のことである。
 具体的には、グラフの横軸に年間所得、縦軸に所得の順位(上にいくほど順位が低い)を取ると図1(左)のような形状になる。所得が低くなると順位が急激に下がってくることから、ごく一部の高額所得者がきわめて高い所得を得ていることが分かる。


 ベキ分布のグラフは、縦軸と横軸の両方について対数表記にすると直線になる(図1の右側)。所得分布の特性分析は両対数グラフにおける傾きを利用して行われる。
 両対数表記にしたときのグラフの傾きは、所得分布の「平等レベル」を表している。グラフの傾きが緩やかなほど、所得にバラツキがあり、所得分布が平等でないことを示している。逆にグラフの傾きがきついほど、所得が低いところに集中していることから分布は平等であることが分かる。
 図2は2008年の所得分布と1965年の所得分布を両対数グラフにしたものである。2008年のグラフは1965年のグラフよりも傾きが緩やかになっており、所得分布が不平等になっていることが分かる(1965年と2008年では所得の絶対値が異なっており、実際には単純比較が難しく補正が必要である)。



##明治時代から現代までの所得格差の推移
 冒頭にも述べたように、所得の分布は、それぞれの時代の経済的/社会的な構造を色濃く反映している。したがって、所得分布がどのように変化してきたのかについて分析すれば、社会のパラダイム・シフトを時系列で把握することができる。またそのトレンドから今後のマクロ的な変化についてある程度予想することも可能となる。
 日本では、明治時代から国税庁がかなり詳細な統計データを作成しており、所得分布を長期間にわたって分析することが可能だ。本誌はこれらのデータを使って日本の所得分布について分析を行った。戦前期については課税対象となった個人所得のデータを、戦後については確定申告の対象となった個人所得のデータを使用した。
 これらのデータには源泉徴収の対象となっている給与所得者のデータは入っていないが、おおまなか傾向はつかむことができる。
 長期の分析で注意しなければならないのは、所得金額における絶対値の変化である。明治期から比較すると物価は数千倍を超えており、年間所得の絶対値も大きく異なっている。データの絶対値が大きく異なる中で両対数グラフの傾きを単純に比較することは難しい。本稿では長期的推移に主眼を置き、数値を補正してある。
 図3は長期的な所得分布の変化を示したグラフである。所得分布における両対数グラフの傾き(パレート指数)について1890年から2010年までの120年間分を記載した。縦軸は上にいくほど所得分布が平等であることを、逆に下に行くほど不平等であることを示している。所得の絶対値が年代で異なるので連続性を保てるように数値を補正してある。
 グラフの中で注目すべきなのは、10年程度を1つの区切りとする長期的なトレンドと、短期間の急激な変化である。長期的なトレンドは①から⑥の数字で示してある。


戦争の時代は「平等」、平和な時代は「不平等」
 まず長期的なトレンドを分析してみよう。
 戦前期において顕著なのは、戦争が続いている時期には所得格差が縮小し、平和な時期には所得格差が拡大していることである。
 1890年から1910年までの20年間(①)は日清戦争、日露戦争と戦争が続いていた。この間、パレート指数は上昇しており、所得格差は縮まっていることが分かる。
 これに対して1910年から1930年までの20年間は、第一次大戦バブルに日本中が沸いた平和な時代である(②)。第一次大戦では日本は直接の当事者ではなく、大戦による特需で好景気が続いた。生活水準や文化水準も向上し、大正デモクラシーと呼ばれるいわゆる民主化運動も活発化した時代である。この間、所得格差は拡大し、世界恐慌によって戦争に逆戻りするまで格差の拡大は続いた。
 1929年の世界恐慌をきっかけに日本は戦時体制という暗い時代に突入する。太平洋戦争の敗戦によって日本が占領されるまでの15年間、国家総動員体制が続いた。皮肉なことに、この間、所得格差は著しく改善され、終戦直前にはもっとも所得分布が平等な状況になっている。戦争期間中の国家統制によって強制的な富の再分配が行われ、結果として所得分布が平等になっていると考えられる。

民主主義が発達すると所得格差が拡大する皮肉
 戦後はGHQの占領から1973年のオイルショックまで、一貫して所得の格差が拡大してきたことがわかる。高度成長期は、まさに「高度格差拡大期」だったのである(④)。
オイルショック以降、バブル経済が崩壊するまでの約20年間は横ばいが続いている(⑤)。この時期は低成長時代の始まりであり、経済成長のテンポが緩やかになったと同時に、所得格差の拡大スピードも落ちてきたことになる。
 所得格差のトレンドが完全に逆転して縮小に向かうのは、バブル崩壊後の失われた20年が始まってからである(⑥)。つまり、戦前期については戦争が、戦後期については不況が所得の格差を是正しているのである。
 戦争中には官僚による威圧的な統制経済が実施されやすい。不況期についても同様で、各種の景気対策や規制強化が実施され、市場原理とは反する形で強制的に富の再分配が行われる。かつて丸山眞男は軍隊での体験を批判的に「擬似デモクラティック」と呼んだが、まさに戦争期や不況期は、非民主的な社会平等が実現されやすい。
 逆に平和な時代には、自由な競争が行われ、その結果、民主主義が発達する一方、勝者と敗者の区別が明確になり、所得格差が拡大してしまうのだ。しかし経済規模の絶対値は拡大しているため、多くの国民が相対的に貧しくなっていることに気が付かない。
 リーマンショック以降、所得格差はさらに縮小しており、震災対策によってその傾向はさらに強まるだろう。震災の影響もあり、しばらくは格差が縮小する傾向が続くものと思われる。

所得格差の縮小が予想されるため、株式市場のパフォーマンスは低いままだろう
 ここまで来ればもうお分かりだと思うが、所得格差と株価はプラスの相関関係にある。景気拡大局面では、当然のことながら株価は上昇しやすい。所得格差が拡大する時期と景気拡大期が重なるのであれば、所得格差が拡大する時期は株価も上昇しやすいということになる。図3における所得格差のトレンド①から⑥について、株価指数と比較してみよう。
 図4は過去150年間の株価指数の推移に所得格差のトレンド時期の情報(①から⑥)を重ねたものである。
 株価指数は日経平均を基準にし、日経平均が存在しなかった戦前期については、当時の株価指数や当社作成の株価指数など、複数の株価指数を用いて連続性を確保できるよう修正してある。


 トレンド①は日清戦争、日露戦争と戦争が続き、所得格差が縮小した時期である。日本の株式市場はまだ発展途上であり投機的な色彩が強かった。日清戦争と日露戦争の際には株価は投機的な動きを見せ乱高下したものの、全体的には横ばいが続いていたと考えてよい。
 トレンド②は日露戦争後、第一次大戦までの時期で所得格差が拡大している。この時期、日本の資本主義は急激に発達した。株価についても第一次大戦の好景気を背景に、はじめて本格的な上昇を見せた。「成金」という言葉ができたのもこの時代である。
 トレンド③は第一次大戦終了後から太平洋戦争終了までの時期である。全体主義が台頭し、戦争を前提にした統制経済が推進されたため、経済活動が停滞し所得格差は縮小した。株価指数の推移は、世界恐慌で大幅に下落し、長期的にも横ばいが続いた。実際には、激しい財政インフレが重なったため、実質的な株価パフォーマンスは大幅なマイナスであった。
 トレンド④は終戦直後から高度成長期までの期間で、所得格差が急激に拡大した時期である。この間日本経済は、奇跡的な経済成長を実現しており、株価も驚異的なパフォーマンスを見せている。1949年5月に179円で始まった日経平均株価は、所得倍増計画が発表された翌年の1961年には1,800円を超えた。
 トレンド⑤は、オイルショックや円高を経たのち、バブル経済に突入するまでの時代である。オイルショックや円高は一時期日本経済に大きな打撃を与え、GDPの成長率は以前よりも鈍化することになる。しかし、日本経済はそれを乗り越え、バブル経済を謳歌することになった。所得格差の拡大も、高度成長期ほどではないが継続した。
 トレンド⑥はバブル崩壊から現在に至るまでの長期不況期である。
 この間、景気対策のための公共工事や、最近では子供手当てなどの所得再分配政策が次々に実行されたため、所得格差は縮小している。一方株価については、小泉政権下の規制緩和政策の時期を除き、長期的に低迷したままである。
 日本は財政的な限界が近づいているにも関わらず、財政悪化の根本原因である社会保障費の抑制を実現するのは政治的にほぼ不可能に近い状況である。また、製造業の国際競争力の低下、さらに震災復旧のための公共投資の増加などの要因もあり、経済の低迷と所得格差の縮小が長期的に継続する可能性が高い。したがって、所得分布の視点から見れば、株式のパフォーマンスはあまり期待できないと考えた方がよいだろう。
 

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