成長なきインフレの時代

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 40年にわたって続いてきた円高の歴史が終わりを告げようとしている。昨年75円台まで高騰した円だが、80円を下回る水準まで下落してきた。堅調な米国経済や市場圧力による日銀の緩和政策など、円安をもたらす要因は様々だろうが、もっとも大きなものは、慢性化してきた日本の貿易赤字である。
 福島原発の事故以来、国内の原子力発電所はほぼすべてが停止した状態にある。今後、積極的に原子力発電所を建設できる見込みは少なく、石油の輸入は増加する一方だ。さらにタイミングの悪いことに日本の屋台骨である輸出産業の凋落が著しい。両者が重なったことで、高度成長以降一貫して黒字を確保してきた貿易収支が逆転し始めたのである。
 もしこのまま円安傾向が続いた場合には、輸入価格の上昇に伴うインフレが発生するかもしれない。しかもそのインフレは経済成長を伴わないものになる可能性が高い。70年代の米国が経験した悪夢「スタグフレーション」の再来である。

状況を一変させた原発事故
 日本はこれまで輸出によって莫大な利益を稼いできた。2000年代までは毎月平均すると1兆円近い利益が貿易で転がり込んでいた(図1)。だが足元では日本の製造業の衰退が始まっていたのである。このことを顕在化させたのがリーマンショックであった。リーマンショック直後、急激に落ち込んだ輸出は回復したかに見えたが、明らかに貿易黒字の額は以前より縮小していたのである。
 だが日本の経常収支がすぐに赤字になることはなかった。それは蓄積した富を海外に投資して得られる利子・配当収入が貿易黒字をはるかに上回っていたからである。日本では米国の経済を金融資本主義といって批判する風潮が強い。だが日本ほど投資による利益(要するに不労所得)を上げている国はほかにはない。日本こそが「お金でお金を生み出す」金融資本主義の国だったのである。


 貿易黒字が減っても不労所得でウハウハだったこの国の状況を一変させてしまったのが東日本大震災である。原子力発電所が停止したことで石油の輸入が急増し貿易収支が悪化した。またシャープやルネサスエレクトロニクスといった大手電機メーカーが軒並み経営危機となり、貿易収支の悪化に追い討ちをかけた。
 原発に対する世論は厳しく、新規の原子力発電所建設はほぼ不可能な状況といってよい。また製造業の競争力低下が一朝一夕に改善するとは考えにくく、貿易収支どころか経常収支まで慢性的な赤字になる可能性が高くなっている。

70年代の米国と酷似する日本の現状
 このことは、為替相場に対してボディーブローのような影響を与える。収支がマイナスの分だけ毎月、円売りドル買いの実需が発生するのである。多くの市場関係者が円安への歴史的転換を予想するのはこういった理由からだ。
 これまでの日本なら円安になれば製造業の収益が改善し、経済にはプラスだったかもしれない。だが国際的な競争力を失った状態での通貨の下落は、経済成長を伴わないインフレを引き起こす可能性がある。

 70年代の米国は低成長とインフレに悩まされた。きっかけはベトナム戦争による財政危機、製造業の競争力低下、オイルショックによる石油価格の上昇である。これらの要因はすべて現在の日本に当てはまっているのだ。
 図2は当時の米国の株価推移である。70年代を通じて株価は完全にボックス圏での動きとなっており、ほとんど上昇していない。しかも物価は10年で2.5に上昇しているので、実質的に株価は長期の大幅下落である。日本が70年代の米国をトレースするかは分からないが、少なくともそうなる可能性は織り込んでおく必要がある。


成長なきインフレでは株式であっても実質パフォーマンスはマイナスに
 では個別銘柄の動きはどうだったのだろうか?図3は米国の著名な4銘柄の株価推移である。インフレ下における影響の違いを比較するため、生活必需品、資源株、製造業を選択した。具体的には、生活必需品としてP&G、資源株としてエクソンモービル、製造業としてGE(ゼネラル・エレクトリック)、GM(ゼネラル・モータース)を取り上げている。チャートは1970年を1としたときの相対値である。


 当たり前かもしれないが、もっともパフォーマンスがよかったのは石油会社のエクソンモービルである。10年間で株価は約6倍に上昇、物価は10年で2倍なので、実質3倍の上昇だ。あとの3社は長期的なスパンではほとんどパフォーマンスは同じである。物価の動きを考えると実質マイナスだった可能性が高い。さらに分かりやすいように、株価を物価指数で調整したチャートが図4である。


 これをみると、70年代前半ではそこそこのパフォーマンスを見せたものの、後半では大きく下落していることが分かる。後半から株価の上昇が顕著になったエクソンモービルとは対照的である。また比較的好調であった前半においてもGMのパフォーマンスはかなり悪い。前半の5年では実質的に株価は半分だ。GMが低迷した理由は、企業としての競争力低下がGEよりも激しかったこと、国内の販売が中心で為替下落の恩恵をあまり受けなかったことなどが考えられる。

 インフレ時の現金保有は大敵だが、成長を伴わないインフレ下では、株式投資もそれほど高いパフォーマンスにはならないことが分かる。資源価格の高騰によるインフレの場合には資源関連株を選択するのは有力な選択といえる。もしくは日本を諦め外国株投資に切り替える、あるいは不動産投資を行うといった選択肢がある。ちなみに70年代の米国における住宅価格はインフレ率とほぼ同様に推移した。現代ではREITのような便利な商品もある。立地条件のよい不動産であれば、少なくともインフレで目減りすることは避けられそうである。

 暗黒の70年代を経て米国はロナルド・レーガンを大統領に選び、再び成長への道を歩み始めた。日本でレーガン大統領は出てくるのだろうか?

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