国家破綻の研究。アルゼンチンの事例から学べること

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 欧州債務危機をきっかけに国家破綻がクローズアップされるようになってきた。これまで特殊な状況でしか発生しないと思われていた国家のデフォルトが欧州各国にも及ぶようになったことで、日本もその例外ではないことが市場で認識されはじめている。
 日本はこれまで圧倒的な規模の対外債権を保有しており、国家の破綻とは無縁と思われてきた。だがバブル崩壊以降の度重なる景気対策と社会保障費の増大によって、世界でも稀に見る水準の政府債務を抱える国となった。
 債務のほとんどを国内の資金でカバーしているとはいえ、国債の消化能力は限界に達しつつある。日本企業の競争力は急激に低下しており、経常収支が慢性的に赤字になるのも時間の問題である。消費税を増税したとしても財政収支が改善する見込みはまったく立っておらず、債務比率はさらなる悪化が予想される。
 日本の投資家はそろそろ真剣に債務危機が発生するシナリオを意識しなければならない時期に差し掛かっている。

国家のデフォルトは珍しくない
 戦後、先進国で発生することがなかったとはいえ、国家のデフォルト自体はかなり頻繁に起こっている。
 ここ20年の間でもアルゼンチン、ロシア、チリ、ドミニカなど10ヶ国以上でデフォルトが発生した(図1)。また韓国など実質的にデフォルトになった国も含めると数はさらに増える。確かにドミニカ、エクアドルなど経済規模の小さい途上国が目立つが、アルゼンチンなどかつては先進国と呼ばれた国や大国ロシアもデフォルトを起こしている。
 またデフォルトは1回きりというわけではない。アルゼンチンは1982年も銀行の債務不履行を起こしているし、ペルーは過去3回も銀行債務の不履行を発生させている。いわばデフォルトの常習犯ともいえる。
 
 国家がデフォルトを起こすと、その国のマーケットはどのような状況になるのだろうか?株式市場をはじめとする資本市場が整備されていて、かつ経済危機が発生した時点でのデータがきちんと記録されている国は意外と少ない。さらに日本の参考になるだけの社会成熟度を持った国ということになるとさらに限定されてくる。
 ここではこれらの条件を満たすアルゼンチンのデフォルトを例にとって考えてみたい。

経済大国から没落したアルゼンチン
 アルゼンチンは第二次大戦前までは世界有数の経済大国であった。首都ブエノスアイレスは「南米のパリ」と呼ばれるほど繁栄し世界中から人が集まる国際都市であった(写真はブエノスアイレスの町並み)。しかし、第二次大戦を境に経済成長が鈍化し、現在では途上国レベルの水準にまで低下してしまっている。アルゼンチンが高成長を維持できなかったのは、産業構造の転換に失敗したことが主な原因と考えられており、経済大国が凋落するモデル・ケースともいわれる。

 戦後の高度成長に取り残されたアルゼンチン経済はオイルショックをきっかけにさらに低迷し、累積債務問題が発生、急激なインフレが進行した。
 同国は、民営化と規制緩和を積極的に推進するとともに、カレンシー・ボード制(通貨ペソと米ドルの 1対1の交換比率を自国が保有する外貨準備で完全保証する制度)を導して通貨の信認を確保する政策を採用した。事実上の固定相場制である。これによってハイパー・インフレは収束し、経済は一時的に小康状態となった。

 だが運の悪いことに隣国ブラジルが大幅に通貨を切り下げたことから、同国の実質的な為替レートは割高となり、企業の輸出競争力が一気に低下した。この結果、財政収支が悪化し、対外債務の支払い能力に市場から疑問符が付き始めた。銀行からの預金引き出しと海外への資金流出が激しくなり、2001年12月には銀行の預金引出し規制が実施された。同月末に、公的対外債務の一時支払停止が宣言され、アルゼンチンはとうとうデフォルトとなった。

 図2はデフォルト前後5年のアルゼンチン経済の状況を示したチャートである。2001年にデフォルトを起こすまでの数年間に、政府債務の増加、財政収支の悪化、経常収支の悪化がすべて同時に進行している。だが数字が急激に変化するのはデフォルトが発生した年であり、その直前までは比較的ゆっくり事態が進展している。これは欧州の債務危機でも同じであり、市場がそれを織り込み始めるときにはすでに事態がかなり悪化していることが多い(本誌記事「市場はいつ危機を知るのか?」参照)。


危機発生後は為替切り下げとインフレが起こる
 アルゼンチン政府はデフォルト後、カレンシーボード制を放棄して完全変動相場制へと移行した。同国の通貨ペソは半年間で70%近く下落した。この結果物価は50%近く上昇、GDP成長率はマイナス5%まで落ち込み、失業率も20%を超えた(図3)。だがその後は通貨の切り下げによって価格競争力が向上し、経済は徐々に回復した。債務問題は抜本的には解決していないものの、その後のアルゼンチン経済は比較的順調に推移している。


 アルゼンチンの株価は、デフォルト前には50%近く下落していたが、変動相場制の移行をきっかけに上昇を開始し、2007年までの5年間で6倍にもなった。もっともその間にインフレが進み物価は2倍になっているので、実質的には3倍の上昇ということになる。
 だが株価の上昇は完全にインフレ率を超えており、危機克服後の株式市場は好調であったことが分かる。アジア危機をきっかけにIMFの管理下に入った韓国でも、同様の株価上昇が見られており、危機が一段落した後の株式のパフォーマンスは非常によいということがわかる。

デフォルトと無縁だった日本も条件は徐々に整いつつある
 では日本においてもアルゼンチンと同じような危機は発生するのだろうか?IMFの分析によると、経済危機を起こしやすい国家にはいくつかの共通した特徴があるとしている(図4)。また同時にIMFは、破綻リスクな少ない国の特徴として3つの項目をあげている。

 日本は突出して高い債務比率であるにもかかわらず、これまで国家破綻とは無縁とされてきた。それは国債のほとんどが国内で消化されていることや、長期債の比率が高いことなどが根拠となっていた。だがこの状況は徐々に変わりつつある。日本国債の残高に占める海外投資家の比率は年々高まっており、すでに1割近くが海外の投資家によって保有されている。また国内の金融機関は国債の価格下落を織り込み始めており、長期債から短期債への乗り換えを積極的に進めている。銀行が保有する国債の平均残存期間は2年に近づきつつある。経常収支の赤字転落、GDP成長率の低迷などマクロ経済指標が悪化しているのはご存知の通りである。
 
 唯一の救いは日本は為替や債券が完全自由市場となっていることである。アルゼンチンをはじめデフォルトを起こした国の多くが、固定相場制もしくはそれに類する制度を採用しており、これが問題を深刻化させる大きな要因となっている。為替レートが固定されていると、自律的な改善メカニズムが作用せず危機が一気に顕在化しやすくなる。スペインやギリシャが独自の通貨を採用していれば、通貨下落によって状況はとっくの昔に改善していただろう。

 日本が債務危機に陥るような状況となった場合には、まず最初に為替市場や債券市場が反応し、その動きにともなってインフレや資金流出がマイルドに進行する可能性が高い。ある日突然デフォルトを起こすのではなく、緩慢な死とも言うべき状況である。幸運にも与えられた「時間」というアドバンテージをどのように生かすのかは、すべて日本人次第である。

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