金融工学の嘘とホント(第1回)

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 リーマンショックをきっかけに、効率的市場仮説やランダムウォーク理論といった、これまで主流だった金融工学に対する疑問の声が出てきている。従来の金融工学に代わる新しい考え方としてにわかに注目を集めているのが「不確実性の理論」だ。これはベキ分布などを用いて、これまで説明ができなかった市場の急変などを理論付けようというものである。
 これらの新しい理論は本当に有効なのか?さらに言えば投資家はこの理論を使って市場の動向を予測することができるのか検証してみた。

従来の金融工学は間違いだらけ?
 既存の金融工学に対する疑問は、実はかなり前から議論されてきた。特に新たな展開があったわけではないのだが、リーマンショックが議論を再燃させる引き金になった格好だ。
 金融工学に対する疑問が湧き上がる最初のきっかけとなったのは、98年に起きたヘッジファンドLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)の破綻である。同ファンドには、金融工学の基礎を確立しノーベル経済学賞を受賞したロバート・マートンとマイロン・ショールズが参画しており、テクノロジーを駆使した夢のファンドとうたわれた。このファンドがあっけなく破綻したことから、金融工学に対する疑問が噴出したのである。しかし、「確率的に数百億年に1回起きるか起きないかの珍しい事象であった」という専門家の見解が受け入れられ、金融工学の根本的な見直しまでには至らなかった。


 今回、最先端の金融工学に基づいて経営を行っていたはずのリーマン・ブラザースが破綻したことで、やはり既存の金融工学にはどこか問題点があるのではないのか?という声が再び高まってきたというわけである。
 もっとも投資の現場においては、金融工学が本当に正しいのかどうかについて最初からかなり疑問視されてきたという経緯がある。最前線の金融マンにとって「金融工学の是非を議論するのはナンセンス」(ヘッジファンド関係者)と受け止められている。もし金融工学が完全に正しいとすると、テクニカル分析など投資理論のうちのいくつかは意味がないことになってしまい、金融機関のサービスそのものが成立しなくなってしまうからだ。また、実際問題としてチャート分析に代表されるようなテクニカル分析手法はプロの世界でも日常的に用いられている。
 だがその一方で、テクニカル分析はもちろんのことジョージ・ソロスやウォーレン・バフェットといったファンダメンタル派の投資家の成功についても単なる偶然であるとの見解も多く聞かれ、金融工学に対する信頼には根強いものがあることを窺わせる(実務家ではなく学者にその傾向が強い)。
 さらに、ほとんどの投資家が「リスクとリターンは基本的に比例する」「ポートフォリオを構成することでリスクを軽減できる」といった、金融工学の基礎となる考え方の多くについては同意しており、広い意味で金融工学は受け入れられているといってよい。
 整理すると、金融工学は大筋受け入れられているが、現実の市場との乖離が存在しており、この部分については多くの投資家が釈然としない感覚を持っているとでもいったらよいだろうか。

数ある投資理論を無理やり整理してみると
 伝統的な金融工学の不足部分をカバーする新しい考え方として最近注目を集めてきているのが、「ベキ分布」に代表される、不確実性を考慮に入れた理論である。
 不確実性を考慮に入れた金融工学は、基本的に伝統的な理論の延長線上に存在するが、既存の金融工学は間違っているという立場の見解も反映されたものとなっている。
 図1は、投資理論の中で、既存の金融工学とその対立軸となっている新しい理論がどのような位置づけになっているのかを示したものである。
 投資理論の考え方には都市伝説的なレベルのものも含めて様々な切り口があり、単純に分類できるものではないが、おおむね以下の2つの対立軸で整理することが可能だ。

  ①市場の効率性をどう考えるか
  ②株価の動きに法則性があるか

 ①は金融工学における「効率的市場仮説」に対するスタンスの違いである。
 効率的市場仮説は、拡大解釈され好き勝手にいろいろな意味で使われているが、この仮説を最初に提唱したファーマの学説を定義とするならば「利用可能な情報をすべて反映して価格が形成される」市場が(完全)効率的市場ということになる。
 伝統的な金融工学とこれに対立する理論の最大の違いは、「市場は効率的である」というこの仮説を、100%受け入れるのかどうかという点に集約される。
 伝統的な金融工学以外の立場は、程度の違いこそあれ「市場は効率的である」という仮説を100%は受け入れていない。図1では、オレンジで囲まれた部分が伝統的な金融工学である。
 市場が効率的だと仮定すると、過去の株価や財務情報など、すべての情報が即座に反映されて株価が形成されることになり、過去の株価は将来の株価にまったく影響を及ぼさないことになる。さらに、現状の財務状況とこれをもとにした将来の見通についても、合理的に期待が形成される。このため、割安な銘柄が放置されている可能性はほとんどなく、財務情報をスクリーニングするといった作業もムダであるという結論になる。
 効率的市場仮説を強く信じる投資家にとっては、テクニカル分析はもちろん、ファンダメンタル分析も意味をなさなくなり、インデックス投資がベストという見解になる。

市場は効率的でないと考える投資家達
 市場が効率的でないとする投資家は、さらに2つのグループに分けることができる。両者の最大の違いは、②株価の動きに法則性があるか、という点である(図1の上下の対立軸)。
 株価に法則性があると考える代表的な立場はテクニカル分析派だ。
 テクニカル分析派の投資家は、株価は一定の法則にもとづいて動いていると考える。つまり、現在の株価は過去の株価の影響を受けている(もう少し学術的に言うと、株価は時間の関数になっていると考えている)との解釈だ。したがって過去の株価や、買われすぎ売られすぎという売買動向を調べることによって将来の株価をある程度予測できることになる。
 一方、市場は効率的でないと考えているものの、株価に法則性はないと解釈するグループがある。このグループに属する投資家は、株価は基本的に企業が将来生み出す期待利益によって形成されると考えており、絶対的な法則性はないという立場に立つ。
 ただし、市場の効率性には疑問を持っているので、市場が形成する期待はしばしばミスを犯すと考える。市場の間違いが修正されるまでには一定の時間がかかるので、情報をよく分析すれば、理論価格から乖離した銘柄をいち早く見つけ出して利益を上げることができる。
 この考え方を代表する投資家はいわゆるファンダメンタル派の投資家である。
 有名なウォーレン・バフェットはこのグループの代表選手といえよう。また、手法の違いはあるにせよ、ジョージ・ソロスに代表されるヘッジファンドの多くがこの立場に立っている。ソロスはかつて、英国政府の介入によって人為的にポンド価格が吊り上げられていると考え(実体価格との乖離があると考え)、大規模なポンド売りを行い大きな利益を上げた。
 さらに、数はあまり多くはないが、株価はある特別な投資家(仕手筋や国際金融資本など)によって人為的に操作されていると考える投資家も存在する(とりあえず陰謀論派とする)。
 この立場に立つ投資家にとって、株価を決める要因は「特別な投資家の意図」ということになり、株価に法則性はないということになる。利益を上げるためには、「特別な投資家の意図」を他に先んじて知らなければならない。
 株価が法則性を持っていないという意味でファンダメンタル派と陰謀論派は同じ立場である。しかし、ファンダメンタル派はオープンな情報の中に利益を得るためのカギがあると考え、陰謀論派は、特定の情報源にのみ、利益を得るためのカギがあると考えている。
次回に続く)

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